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【短歌一首】 地下道の出口縁取り夏の描く白波さやぐコバルトの時
地下道の
出口縁取り
夏の描く
白波さやぐ
コバルトの時
短歌は散歩散策セラピー。
用事があって鎌倉に来た。 用事の前に久しぶりに鎌倉の材木座海岸を訪れる。
この海岸には強い思い入れがある。ちょうど五月の今の時期に、18歳で自動車の免許を取得して間もなくデートで車を借りて鎌倉の海に来た。 海岸線に沿った国道134号からどうやって入れたのかよく覚えていないが、間違って材木座海岸付近の側道に下りてしまい、そこから材木座の砂浜に車で乗り入れてしまった。 今は側道も見当たらず簡単に入ることはできそうもないが、おそらく当時も砂浜への乗り入れは一部の許可された車両以外は禁止されていたと思う。
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国道134号の側道から材木座海岸の砂浜に車で入ったは良いが、砂に車輪を取られて車が進まなくなり、しかも雨が降ってきて、やがて雨と窓の曇りで窓から外がほとんど見えなくなってしまった。しばらく車の中で雨の止むのを待っていた。もしかしたらそのうちに波が満ちてくるのではないか、ずっと出られずにレッカー車にでも来てもらわなければならなくなるのか、一緒にいる相手には本当にすまないな、などといろいろな思いが頭をもたげてきた。
雨が止んだ後、近くにいたサーファーのお兄さん、お姉さんたちに頼んで車を押してもらったり、車輪の下に板を入れてもらったりして、何とか砂から脱出することができた。地元の漁業関係らしき人たちからは随分と怒られたり、笑われたりした。コンプライアンスが厳しい今なら、間違いなく警察沙汰になっている。
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鎌倉駅からバスで4つ目の「臨海学園」停留所で降りて、そこからぶらぶら海の方へ向かって歩いた。 ちょっと行くと、狭い路地の先にいよいよ海が見えてきた。なんか無性にドキドキする。
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海岸線沿いに走る国道の下の地下道を抜けて、材木座海岸へ向かう。確か、1980年代はこの地下道と側道が繋がっていて、車でこんな感じのトンネルを通って砂浜に入ったのではなかったか、とおぼろげに反芻。
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地下道の出口からは海の匂いを連れて、湿った暖かい風が吹き込んでくる。もう初夏というよりも、夏そのもの。帰るときには、ここでウェディング写真用の撮影部隊が待機していた。
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地下道の出口の輪郭は、まるで絵画や写真の縁取りのよう。コバルトブルーの海、白い波、光る砂浜、広がる空を切り取っている。夏がそこにある。
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材木座海岸は、うまく封印したと思っていた何十年も前の切ない思い出を次々と、有無を言わせずに引っ張り出してくる。 この海と砂と風はちょっとやばい。記憶の解像度がどんどん高まってくる。これから仕事があるというのに心がハイとローを繰り返して乱れている。
これは精神医学者フロイトのいうところの、自分自身を守るためにやむを得ず自分がとってしまう不合理な行動(=防衛機制)の一つである「抑圧」の蓋が、材木座海岸によって引っぺがされてしまったかも。
【抑圧】
精神分析で、自我の安定をおびやかす不快な観念や衝動を無意識のうちにおさえつけ、意識にのぼらないようにすること。 また、その精神作用。
こういうときは、歌を詠む。辛い気持ち、懐かしい気持ち、切ない気持ち、ときめく気持ち、なんでもいいから短歌をどんどん作ろう。
猫間 英介