自虐トークの分水嶺

若い世代で、ちょいちょい自虐的なことを言う人は少なくない。

翻って、けっこう年配の人は、そうでもなかったりする。

たとえば、秋元康さんとか浅田彰さんとかは、自虐的なことをほとんど言わない印象。

ところが、宮台真司さんとか佐藤優さんは、自虐トークというか、自虐も含んだ自分語りが多め。

例示した顔ぶれが絶妙に偏ってるかもしれないが、私が大学時代に多くの教授陣を観察した結果を合わせると、概ね次のようなことが言える。

1959年以降に生まれた世代は、自虐トークが多い。

ちなみに、秋元康さんは1958年生まれ、浅田彰さんは1957年生まれ、宮台真司さんは1959年生まれ、そして佐藤優さんは1960年生まれ。

もちろん個人差はあるし、そもそも自虐の定義とは何かという問題もあるが、あくまで経験則として受けとめてほしい。

また、なぜ1958年と1959年の間に分水嶺が存在するのかは今後の課題としたい。

今回の記事で私が言いたいのは、個々人のトークの内容は意外と世代によって規定されている、ということだ。

もっと言えば、自虐トークや他人に弱みを見せるのを当たり前と思い込むべきではない、ということである。

かく言う私も1959年以降の生まれであり、自虐トークをごく自然なものとして受け入れてきた。

そして、秋元康さんや浅田彰さんが自虐的なことを言わないのを、すごく不自然だと思っていた。

しかし、あるとき気づいた。

別に、自虐トークしたり、弱みを見せたりしなきゃいけない理由などない、と。

気づいたきっかけは、高倉健さんだ。

テレビで、復帰直後の岡村隆史さんと撮影現場を歩く健さん。

岡村さんが辛かった時期のことを話そうとすると、健さんはそれを制して言った。

辛くてもグッと堪える、男はそれが目力になるんだ。

そういう考え方もあるのかと、目からウロコだった。

男性に限らず、自虐トークは程ほどに!

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