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スーパー戦隊シリーズ第15作目『鳥人戦隊ジェットマン』(1991)
スーパー戦隊シリーズ第15作目『鳥人戦隊ジェットマン』は戦隊ファンならその名を知らない者はいない、シリーズ史上最大のエポックメイキングな作品です。
本作を一言で評するならば「戦隊シリーズにおける機動戦士ガンダム」でしょうか…作品として起こしたムーブメントとその後のシリーズ作品への影響という点で、本作以上の作品は出ていません。
詳しく説明すると、「マジンガーZ」「ゲッターロボ」から連綿と続いてきたロボアニメが「宇宙戦艦ヤマト」や長浜ロマンを経て「機動戦士ガンダム」という史上最大のエポックへたどり着きました。
1979年に作られた「ファーストガンダム」は1970年代ロボアニメの歴史の蓄積を踏まえながら、それらを一度バラバラに解体し、80年代以後に続くロボアニメの礎を築いたのです。
本作「ジェットマン」も正にそのようにして、70・80年代戦隊シリーズの歴史の蓄積を踏まえながらバラバラに解体し、翌年の「ジュウレンジャー」以降に続く戦隊シリーズの礎を築きました。
それまで「子供が見るもの」とされていたスーパー戦隊シリーズの人気を高年齢層にまで広げ、視聴率や玩具売上などの数字も「ファイブマン」のV字回復を受け継いで好成績を叩き出したのです。
そんな風に世間の話題を大きく巻き込んだ、それこそ「社会現象」とまではいかなくともシリーズ全体に再考を迫るほどの革命作を作り手がきちんと冷静な計算の元に作り上げたのは見事でしょう。
大きな成功要因としてはなんと言っても「フラッシュマン」からずっとサブライターとして戦隊シリーズを書き続け、本作でメインライターに抜擢された井上敏樹先生と演出家の雨宮慶太監督を中心にしたスタッフ・キャストの手腕です。
そんな作品だったとはつゆ知らず、当時保育園の年長組だった私は初めて「戦隊」としてまともに見たのですが、当時は当然ながらそこまで深いドラマが描かれていたなどとは欠片も思っていませんでした。
天堂竜と結城凱、鹿鳴館香あたりを中心にその独特な世界観にのめり込んでいき、気がつけば1年間追うほどのものになり、そのため「ギンガマン」「チェンジマン」とは違う「初体験」の思い入れがあります。
それだけ個性の強い作品なのでファンの間でも賛否両論というか好き嫌いが両極端なのですが、そんな本作の魅力を改めてじっくり読み解いていきましょう。
(1)「戦うトレンディドラマ」と評されるほどの濃密な人間関係
本作最大の特徴は「戦うトレンディドラマ」と評されるほどの複雑に入り組んだ人間関係であり、ここまで人間関係で修羅場が多いシリーズもそうないのではないでしょうか。
元恋人・葵リエを失った喪失感を引きずり、そこから生じた狂気の復讐心を「地球を守る」という外的(=公的)動機にすり替える天堂竜とその仲間たちの物語、この時点で相当に危険です。
しかし他のメンバーもメンバーでまた個性が強く、イケメンだけど酒・タバコ・女という男をダメにする三要素を凝縮した結城凱に「ジェットマン」を「ジェントルマン」と勘違いする鹿鳴館香。
さらにはメンバーの人間関係を面白おかしくネタにし、戦いをアルバイトだと思い時給をねだる早坂アコ、そして地球の平和を守ることよりも実家の農業が大事だという大石雷太。
こんな何処の馬の骨ともつかぬ出身も性格もバラバラの人間たちが織りなすストーリーで、しかも第1話では3人しか揃わず、2話で5人揃っても中盤まではほぼ修羅場に次ぐ修羅場の繰り返しです。
しかもその修羅場はジェットマンだけではなく、敵組織の次元船団バイラムまでがそうであり、恋人の葵リエが成り果てた女幹部マリアやそのマリアに倒錯した愛を寄せる偏執狂のラディゲ。
さらに史上最年少の子供幹部で後半〜終盤では大きくなって組織を引っ掻き回すトラン、そして結城凱との渋い因縁を築きながらもマリアへ静かな愛を寄せるロボット・グレイ。
こんな人たちが足の引っ張り合いを繰り返しながら、しかも終盤では竜、マリア(リエ)、ラディゲ、グレイの4人を中心とした昼ドラじみた展開を一話使って見せられるのです。
この話は主人公たちが一切変身せず巨大ロボの戦闘シーンもないという異色の回であり、後にも先にもこんなことをやってのけた戦隊は他にないのではないでしょうか。
それでは本作はつまらないのかというとこれが逆、そういった生々しい人間の業をぶつけ合い、濃密な情念を描き出すことで逆説的に「ヒーローとは何か?」を考え抜いているのです。
特にそれは80年代戦隊レッドのアンチテーゼとして描かれた天堂竜を見ればわかることであり、彼は決して完璧超人でも何でもない、むしろ本来は公私混同しまくりな隙だらけの青年でした。
リエを失ったことでその歯車が狂い出し、さらにスカイフォースの他の隊員も全滅、メンバーに選ばれたのは正義感などまるでない自分勝手な連中…常人だったらこの時点でメンタル壊れます。
それは正に戦場の狂気に巻き込まれていく中で精神を病んでしまうアムロ・レイとも酷似していて、そんな竜の情けなさと不器用さに多くの視聴者が結城凱のようにイライラしていたことでしょう。
その結城凱も一匹オオカミを気取りながら、その実女や酒がないと生きていられない我儘な男で、しかも鹿鳴館香と脱退しようとした上で最終的に自分勝手な理由で香を振ってしまいます。
そんなバラバラのチームが1年を通して真の戦隊ヒーローに成長していくプロセスを真正面から丁寧に描き切ったのが本作の真髄であり、本作が示したことは「ヒーローも所詮は人間である」という事実です。
当たり前といえば当たり前ですが、「ファイブマン」以前のスーパー戦隊シリーズはどこかでその「人間であること」にセーブをかけてしまい、なかなか踏み込んだ大胆な作劇ができませんでした。
そのタブーへ挑戦し、しかもラストには戦隊メンバー同士が結ばれるというストーリーをきっちり描き切ったのですから、よくぞシリーズ15作目にしてここまでやれたものだと思います。
(2)実はかなり高レベルなアクションとメカニック
そんな「ジェットマン」ですが、どうしても全体的にドラマシーンの方が多いためそちらに目が奪われがちですが、アクションシーンとメカニックもなかなかに健闘しています。
まずメカニックはジェットイカロス、ジェットガルーダの初登場シーンやグレートイカロス誕生のプロセスはいま見てもかなり緻密に作られているのです。
ジェットガルーダなんて、あの鳥頭のデザインだけでも凄いのですが(これが翌年の「ジュウレンジャー」以降にも生かされている)、初登場でいきなりセミマルに負けてしまいます。
そう、2号ロボの初登場補正がまるでなく、女帝ジューザの産み落とした忘れ形見であるセミマルの前にはグレートイカロスに合体してようやく勝てるというレベルなのです。
また、ロボットといえば忘れられないのがサポートメカのテトラボーイであり、動きが素早い上に大砲にも変形したり、ベロニカ戦ではバードメーザーを浴びた上での突撃まで披露しています。
他にもイカロスハーケンだったり、最終決戦でのラゲムとの戦いだったりと余すところなく要所要所できっちりロボットを使い切っているのが本作のメカニックのいいところでしょう。
しかもグレートイカロスの合体デザインが前作のスーパーファイブロボまでの下半身が貧相なプロポーションとデザインに比べて、しっかり計算されたものになっています。
玩具のプロポーションとしても完成されており、1号ロボと2号ロボのスーパー合体でここまで完成度の高いロボットは以後の作品でもなかなかありません。
そしてアクションですが、本作で印象に残っているのは何と言っても終盤のラディゲとレッドホークの一騎打ち、さらにグレイとブラックコンドルの一騎打ちも名勝負です。
特にブラックコンドルは史上初の「マスク割れ」をやったシーンでもあり、これ以後ちょくちょくマスク割れ演出が見受けられますが、その原点もここで描かれています。
これはいわゆる「ちゃんと中に役者が入ってるんだよ」というのを理解してもらうため、変身前と変身後の一体感を持たせる演出として最高のアイデアです。
文芸面だけではなく、特撮としても相応の見せ場が山場で用意されているところもまた本作がきちんと「戦隊シリーズ」であると認識させてくれます。
(3)自己犠牲の否定と未来へ向けての戦い
本作が最終的に辿り着いたところは復讐鬼として一線を超えてしまった竜の救済とジェットマン全員の団結、そして対照的に孤独に追い込まれていくラディゲでした。
最終回にしてようやく真の戦隊ヒーローとしてまとまったジェットマンですが、レッドホーク=天堂竜はラゲムにとどめを刺す時に、凱に向かってこう言い放ちます。
「やるんだ凱!全人類の……いや、俺達の未来がかかってるんだ!」
このセリフ、「ジェットマン」という作品自体の集大成にして、同時に以後の戦隊シリーズへの道標となっていくのですが、これの本質は最終的に「自己犠牲」を否定していることにあります。
竜は死ぬためにわざわざガルーダに一人残ったのではなく、ともに未来を歩むために戦うのであり、「全人類」という「公」の視点から「俺達」という卑近な「私」の視点へ言い直しているのです。
そう、「ジュウレンジャー」以降にも繋がっていくミクロな視点から出発していくヒーロードラマ…正に80年代までのスーパー戦隊シリーズと価値観を逆転させた瞬間でしょう。
そして、最終的にラゲムを倒した後、レッドホークのスーツは徐々に脱げていくのですが、ここもまたヒーロー・レッドホークから人間・天堂竜へと戻っていく絶妙な演出なのです。
本作は一見スーパー戦隊シリーズを安い昼ドラへ貶めたかのように見せておきながら、内実はきちんと丁寧に「人間性とヒーロー性」について見つめ直した作品でした。
その中で「ファイブマン」までのスーパー戦隊シリーズが抱えていた問題である「復讐」と「自己犠牲」について常に振るいにかけ、とうとう否定したのです。
とはいえ、100%完全に否定しきったわけではないのですが、これはまあ後のシリーズ作品がまた向き合って描いているのでその時のためにとっておきましょう。
とにかく、この戦隊史上に残る終盤の怒涛の展開は一度見たものには決して忘れられないほどの名場面であるのは間違いありません。
(4)衝撃の最終回Bパート
そんな数々の革命を起こしてみせた本作ですが、大団円で終わるかと思いきや、3年後を描いたBパートでとんでもない衝撃のオチが描かれています。
結城凱がチンピラに刺されて死亡という衝撃のラストです…竜と香のめでたい結婚式の日だというのに、あまりにも不吉ではありませんか。
この結末は賛否両論あるのですが、個人的にはこのラストで注目するべきはむしろそのカット割りの方であるように思うのです。
ここは井上敏樹先生の脚本の力よりもむしろ雨宮慶太監督の手腕の方が高く評価されるべきではないでしょうか。
というのも、実はラストの凱がチンピラに刺された後、満身創痍ながらも2人を祝福するシーンでは竜しか一緒に映っていないのです。
他の香、雷太、アコ、長官は決して同じフレームに入ることなく、親友の竜だけが凱と一緒に語り合うことを許されました。
このシーンで描かれていたのは凱の中で最後に残ったものが酒でも女でもタバコでもなく「竜との友情」だったということでしょう。
あれだけさんざん我儘な振る舞いをしてきた凱がチームとして成長はしても完全に染まり切らずに己を貫き通しています。
しかし、その己を貫き通した男が唯一己のプライドよりも優先したもの…それこそが天堂竜との友情にして絆でした。
この2人に関しては第2話から色々なやりとりが描かれていましたが、1つの到達点だったのがベロニカとの決戦後の乾杯シーンです。
ここで香との関係性を清算した凱は恋愛よりも竜との友情を誰よりも優先するようになります。
ラゲムへトドメを刺すよう竜が頼んだ相手が他ならぬ凱だったこともまた2人の特殊な関係の集大成と言えるでしょう。
しかし、その上で凱は誰にも看取られることなく静かに1人で息を引き取っていく…つまり最期まで凱は格好つけきって逃げたのです。
つまりこの凱の死で描かれているのはスーパー戦隊シリーズの「団結」から結城凱だけを外す、つまり「従属からの解放」という画面の運動でした。
あの素晴らしい結婚のカタルシスの中にそういった仕込みをし、またラストカットで凱だけが腕を組んで距離を保ちながら立っていることもその表れです。
微妙に最後の最後までみんなの輪に混じり切らない結城凱という男のプライドが貫かれた名シーンだったのではないでしょうか。
(5)ジェントマンの好きな回TOP5
それでは最後に「ジェットマン」の好きな回TOP5を選出いたします。アベレージが高いので選ぶのには苦労しましたが、是非ともご覧ください。
第5位…42話「おれの胸で眠れ!」
第4位…47話「帝王トランザの栄光」
第3位…18話「凱、死す!」
第2位…24話「出撃超(スーパー)ロボ」
第1位…32話「翼よ!再び」
まず5位は単品で見た場合に非常に尖っていて、芸術的と思える一本で、G2がジェットマン側に存在を認知されないまま一人虚しく散っていく様が見事な傑作です。
4位はあまりの内容の凄惨さに役者さんたちまでもがドン引きしてしまったという曰く付きの帝王トランザの最後を描いた回…その末路は是非ともご自身の目でお確かめください。
3位は物語中盤の1つの山場である女帝ジューザとジェットマンの呉越同舟ですが、ここで結城街という男がどういう存在かがよく示されています。
2位はそれを受けてのグレートイカロス初登場回であり、チームが1つに団結しながらも裏次元戦士を失うという重い代償を払っている切なさのバランスが絶妙の逸品。
そして堂々の1位はジェットマンというチームの基盤が1つの完成を見せた傑作回であり、まだ竜の問題を残しつつもジェットマンがようやく真のチームになる入り口となった傑作回。
最終回近辺はなるべく外して語ったものの、こうして見るとどれだけ名作・傑作回が多いかわかりますね。
(6)まとめ
さて、久々に「ジェットマン」という作品についてレビューして見ましたが、いやあ流石に内容が濃すぎてここまでで一番長くなってしまいました。
ぶっちゃけこれでも全然語り尽くせたとは思えないほどたくさんの魅力が詰まっており、今見直しても非常によくできた構造の作品です。
恋愛関係だとか友情だとか色々な要素で視聴者を引っ掻き回しつつ、「ヒーローとは何か?」「戦隊とは何か?」をとことんまで突き詰めた一本。
それまでのシリーズを一気に旧式化した本作が残した数々の伝説は以後のシリーズにも継承されていくことになります。
単なる異色作だと侮ることなかれ、シリーズの原点をしっかり捉え直した逸品です。総合評価はS(傑作)以外にありえません。
ストーリー:SS(殿堂入り)100点中120点
キャラクター:S(傑作)100点満点中95点
アクション:A(名作)100点満点中85点
メカニック:A(名作)100点満点中80点
演出:SS(殿堂入り)100点満点中120点
音楽:S(傑作)100点満点中100点
総合評価:S(傑作)100点満点中100点
評価基準=SS(殿堂入り)、S(傑作)、A(名作)、B(良作)、C(佳作)、D(凡作)、E(不作)、F(駄作)、X(判定不能)