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#15 不良生徒の引率と道楽じいさんの宴

 近所のお寺で開かれている座禅会のみなさんで暑気払いをやろうということになり、その日はあらかじめ申し出て休みを取得していた(「暑気払い」という言葉はいい響きですね)。飲み会は夜で昼間は暇なので、サウナに行くか「君たちはどう生きるか」でも観に行くか、どうしようかと悩んでいた。

 休みを翌日に控えた仕事中に、高校生の息子からLINEが入る。同じクラスで友人のショウヘイくん(仮名)が出場する高校野球地方大会の試合を観たいが、適当な交通手段がないので、休みなら車で連れて行ってくれないか、との内容。同級生のマサタカくん(仮名)も乗せていってほしいという。

 高校野球は嫌いではないので、二つ返事でOKした。昼前に学校近くのコンビニに迎えに来てほしいという。あ、こいつら学校サボるのか、と、このとき気づく。うちはともかく、よそ様の子が学校サボるのに加担するのはどうよ、との思いがよぎる。とはいえ、高校球児の友達の晴れ舞台を生で応援したいというのなら、黙ってあと押しするのが大人の役目というものだろう。まあ先生や親御さんに怒られたら謝ろう。ごめんなさい。

 バドミントン部のマサタカくんは礼儀正しい子で、コンビニで買った飲み物やお菓子を差し入れてくれた。スポーツ全般に興味があり、野球の生観戦はとても楽しみだという。息子も変にマニアックなスポーツ好きで(野球経験者だが今は文化系で見る専門)、ふたりでバレーネーションズリーグの話で盛り上がっている。生で見た西田有志のスパイクはすげえ、という話をすると、マサタカくんは素直にうらやましがっている。おじさんはレアル・マドリードのゲームもバリー・ボンズのホームランも目の前で観たことがあるんだぜ、と言いかけたが、いやらしいのでやめる。そもそもボンズを知らないだろう。なおマサタカくんは、学校を抜け出し観戦することについて、親御さんの了解は得ていたとあとから聞いた。

 やはり球場はよい。気分が高揚する。あまり前に行くとテレビに映ってバレるぞ、と伝えたが、ふたりはああそっか、といいながらほぼ最前列で声援を送っていた。もちろんテレビにはしっかり映っていた。その後、かなりの長距離を自転車で走ってきたというサボリ組がさらに2人合流。なんか女の子もきたぞ。おじさんは少し離れて見ていたが、みな楽しそうでよい。途中で雨が降ってきて高校生たちが屋根の下に集まってくると、私は高校生グループの引率の先生みたいになった。

 試合の相手は、甲子園出場回数ランキングなら間違いなく上位という名門。スタンドの応援がもうすごい。一糸乱れぬ動きや声援は、もはや一流の芸のようで圧倒される。見ているぶんには楽しいが、弱小校ならこれだけで気後れしてしまうだろう。

 相手投手はさすが強豪校のエースという感じで、全国大会でも通用するであろう140キロ台後半のストレートをバシバシと投げ込んでくる。こちらの打線も勢いのある球に振り負けず何度も打ち返すものの、得点にはつながらない。こちらの主戦もここ数年では屈指の好投手で、コントロールが良く130キロ台のストレートと変化球を駆使し、強力打線を抑えている。対戦校同士の名前だけみれば、試合は意外なほどの締まった接戦で、わずかに及ばず涙をのんだ。

 主力のけがで開幕直前にコンバートせざるを得なかったショウヘイくんは、西浦高校・田島悠一郎のような天才肌だそうで、相当難しいポジションをこなしていた。「もしショウヘイが(もともとのポジションで)守ってたら、あの難しい打球も処理してアウトにしてたな」と息子たちが語り合っている。ショウヘイくんは明るいキャラだそうだが、試合終了のサイレンを聞いて号泣していた。「めっちゃ泣いてんな」。友人たちはそうつぶやきながら、惜しみない拍手を送っていた。

 取材を終えた知り合いのカメラマンを見つけたのであいさつして、球場をあとにした。車の中でふたりの高校生は、ショウヘイくんの身体能力の高さやクラスマッチでの作戦や体育の授業について、ずっと話していた。

 マサタカくんを駅に送り、帰宅したらもう夕方。疲労感を洗い流すようにシャワーを浴びて着替え、暑気払いの店へと向かう。

 座禅会のメンバーはお年寄りが多い。合気道を除いて職場以外の人間関係がほとんどないので、こうした飲み会に参加するのはとても新鮮だ。年齢の近い人はあまりいないけど、それはそれでとても楽しい宴会だった。

 話を聞けば、みなさんなかなかの道楽者で、それぞれ面白くクセも強い。酒が進めば強烈な毒を吐く御仁もいる。静かに座って深く瞑想し、落ち着きを得たからといって、心まで清廉になるわけではないのが面白い。みなさん口調は穏やかだが、波乱の人生を歩んできたからこそ、心の平穏を求めて座りに来ているのかもしれない。

 この日は、日中は10代の若者と、夜は推定80代の方々と、席を同じくするという珍しい日だった。宮崎駿と同世代の人たちの昔話に相槌をうち、生ビールのジョッキを傾けながら、今日球場に集った少年たちが、この夏の思い出を飲みながら語り合う日がいつかくるのかなあ、と思った。

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