「体験型マーケティング」は、戦前の日本の百貨店がすでに実現していたという話
感染症の感染拡大のために一気に盛り上がりをなくしまっている感はあるものの、最近のBtoC市場のトレンドとしては、「体験型マーケティング」だと思います。
工場見学をはじめ、教室を開いてみたり…。
モノ消費でもなく、コト消費でもなく、「体験」型消費が、これからの消費行動なのだ。そんな話をマーケティング界隈でよく聞きます。
でも、体験型消費って、最近になって初めて誕生した概念なのでしょうか?
いいえ、決してそうではありません。
「体験型消費」という言葉は(多分)なかったものの、体験型消費を実現していた小売店が明治の後半には日本に存在していたのです。
それは、東京日本橋の三越をはじめとする、「百貨店」です。
日本に「百貨店」が誕生したとき
世界初のデパート「ボン・マルシェ」が誕生したのは、1852年。これはペリーが浦賀に来航する1年前です。このとき三越や大丸、高島屋など今の百貨店は、当時は「呉服店」でした。
ちなみに、‟「衝動買い」の誕生と歴史を知る″の記事で紹介した、パリでボン・マルシェが発明した掛け値なしの販売手法は、日本ではとっくに実施されていました。1673に三井越後屋という三越の前身の呉服店がすでに発明していたのです。この点、日本はすごいなぁって思ったりしますよね。江戸時代ってすごい。
呉服店が百貨店に生まれ変わったのは、1905年(明治38年)1月2日に、新聞紙上で三越が「デパートメントストア宣言」を発表したときとするのが一般的です。
「当店販売の商品は、今後一層其種類を増加し、凡そ衣服装飾に関する品目は一棟の下にて御用弁相候様設備致し、結局米国に行わるるデパートメント・ストーアの一部を実現可致候」
{三越社史}
この宣言から3年後の1908年(明治41年)、三越は「仮営業所」として3階建て延べ1500坪の店舗をオープンします。今日では郊外食品スーパー程度の広さではあるものの、当時の東京市民からすると考えられない巨大店舗だったようです。外観はルネッサンス式の西欧建築で、外周には28間のショーウィンドウを備え、各売り場の装飾は「欧州古今の様式」を取り入れ、これまでの日本にまったくなかった華やかな店舗が誕生したのです。
そして1914年(大正3年)、当時としては最先端であったエスカレーターをはじめ、暖房換気装置、気力金銭運送機など、最新設備を導入した本店が完成します。
今でいうと、ARやAI、自動運転技術なんかがあますことなく活用された店舗が誕生したようなものでしょう。
西欧を体験できる場所だった「百貨店」
明治から大正にかけての時代というのは、政府が西欧化を急速に推し進めたと、教科書で習いましたよね。でも、政府が推し進めたから、それだけでものすごく早いスピードで実現できたのでしょうか。そんなわけはありません。
この西欧化の急速な普及は、百貨店が大きく貢献しています。
百貨店が、洋風生活の啓蒙活動を推し進めたのです。政府から押し付けられるだけでは、なかなかそんな文化は普及しません。
ルネッサンス様式やゴシック様式の華やかな外観で人々を惹きつけ、店に入ると、ギリシャ神殿のような柱が立ち並びエンゼルが舞っている。劇場が作られてそこでは西洋音楽も聴けた。そんな施設で、当時の人々は「行くことのできない西欧」を体験したのです。
そして、ここからがマーケティングにおいて大事なところですが、
「西欧式の生活はかっこいい。私もそんな生活してみたい」そんな欲望や憧れを作り出し、そしてそれを優れた販売員の接客や提案力によって、「購買」という行動に誘導する。そこまでを、戦前の日本の百貨店を実現していたのです。
そんな、明治・大正のころの百貨店の様子が描かれた漫画があります。「百貨店ワルツ」というマツオヒロミさんの漫画です。下記から試し読みもできます。ぜひ一度試し読みしてみてください。
最近の体験型小売店のブームは、「明治・大正時代の百貨店が実現していた体験型小売スタイルへの回帰」である。
冒頭でも書きましたが、これからは「体験型の消費スタイルになっていく」と言われ、すでにそういった体験型の小売店が次々に誕生しています。
そんな時代の変化についていくため、最新のマーケティング理論や事例を学ぶ、とても熱心なマーケッターはたくさんいらっしゃいます。すごいなーと尊敬します。でも、そういった方々の中で、「過去」を学んでいる方となると、だいぶ少数になるような気がします。
「螺旋的発展の法則」という法則があります。
螺旋階段を登る人物を横から見ていると、上に登っていき上昇しているように見えますが、上から見ていると、螺旋階段を一周回り元の位置に戻ってくる。つまり過去への回帰と古き価値の復活が起こる。ただし、そのとき、この人物はかならず高い位置に登っている。という法則です。
体験型の消費活動が注目されている現在というのは、「明治・大正時代の百貨店が実現していた体験型小売スタイルへの回帰」といえます。
その当時の百貨店がどんなことを行って、それを消費者はどのように受け取っていたのか。そしてその後なぜ百貨店が元気をなくしてしまったのか(この話はまたいつか記事にします)。
そういったことを知り、そして現代に応用していくことが、今BtoCのマーケッターに求められていると思うのです。
※参考文献
マツオヒロミ 百貨店ワルツ
林 洋海 <三越>をつくったサムライ 日比翁助
宮野 力哉 絵とき百貨店「文化誌」