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【映画評】『セプテンバー5』という「潜水艦映画」が描き上げたリアリティ
※ネタバレ注意
「これは潜水艦映画のようなものです…皆テレビ機器の前に集まり、テレビカメラが潜望鏡なんです」ーーピーター・サースガード[1]
1972年のミュンヘン・オリンピックは記憶に残るイベントだった。競泳用のプールでは、アメリカのマーク・スピッツが、記録破りとなる7つの金メダルを獲得し、ソ連の体操選手、オルガ・コルブトは、段違い平行棒の上から宙返りをしてバーをつかむ大技を成功させた(これは現在禁止されている)。コルブトは、個人総合優勝を目指した平行棒の演技で失敗して涙を流したが、西側の観客は、それまで「鉄のカーテン」に隠されていた「人間」を目の当たりにしたと驚き、この体操界の新星にとめどない拍手を送った。
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しかし、そんな「雪解けムード」を消し去る出来事があった。開会式の10日後、つまり9月5日、「黒い九月」というパレスチナの過激派組織がイスラエル選手団を人質にとり、200人もの同志の釈放を要求したのだ。この事件は選手団11人が射殺されるという悲劇に終わり、過去にユダヤ人の大量虐殺を行った国が開催した国際的舞台で、またもやユダヤ人が命を失うこととなった。
『セプテンバー5』(September 5、2024年)は、オリンピックの歴史に暗い影を落とすこのエピソードを映画化したものである。題材自体は『テロリスト・黒い九月 ミュンヘン』(21 Hours at Munich、1976年)やスピルバーグの『ミュンヘン』(Munich、2005年)などですでに描かれているが、今回、監督のティム・フェールバウムは、現地で事件を報道したアメリカの大手テレビ局(ABCスポーツ)の観点からこのテーマを再現している。
物語の大半は、オリンピックの会場に設けられたABCスポーツのコントロール・ルームで展開する。これが、局の上司役を演じるピーター・サースガードがいう「潜水艦」に当たる場所で、その暗くて閉塞的な空気を吸いながら、元々はスポーツ報道を専門としているテレビクルーが、前代未聞のテロ事件を前に試行錯誤する。ドイツ語が話せるスタッフは1人しかおらず、ラジオ、電話、無線、他局のニュース番組などから得られる情報は断片的でしかない。そんな中、スタッフ一同は「真実」を求めて壁一面に埋め込まれたテレビ画面を食い入るように見つめる。「潜望鏡」とも言えるテレビカメラが映し出すその映像には、当時のアーカイブのものが多く使われている。「フィクション」である物語の登場人物たちがその「リアル」な映像に依存する姿を見ると、1972年にタイムスリップしたかのような錯覚に陥ってしまう。
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本作の「リアリティ」は、巧みな撮影・編集技術によっても構築されている。一つの閉ざされた空間で繰り広げられる映画には、いわゆる「舞台劇くささ」が感じられることが少なくないが、『セプテンバー5』にはそれがない。それは、顔全体が収まりきらないクロースアップ、手持ちカメラによるブレた撮影、ピントが被写体を外したショットなど、極めて映画的な手法がフル活用されているからであり、観る者は知らず知らずのうちにドラマに引き込まれてゆく。特に、顔のアップを通して表現される、主人公たちの喜怒哀楽には「本物」の緊迫感が感じられる。
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本作を撮るにあたって、スタッフは細心の注意をはらって1970年代当時の機材や設備を再現したという。人がデジタルに慣れきってしまった今日、撮影フィルムをその場で現像し、はんだごてを片手に機材を修理することが日常だったアナログ時代の様をあえて見せているのは新鮮だ。また、刻一刻と変化する状況を前に、視聴率よりも物語を優先し、報道倫理を真剣に議論する主人公たちは、SNSやフェイク・ニュースが蔓延する現代社会に対してジャーナリズムの本来あるべき誠実さを訴えているかのようだ。ただ、このテロリスト事件はスペクタクルを執拗に追い求めるテレビ報道の原点と言ってもよいものであり、物語の中でその是非を巡る本質的な議論はない。つまり、『セプテンバー5』は、マスメディアが諸刃の剣であることを露呈した作品でもある。
注:コルブトの写真の出典はこちら:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Olga_Korbut_1972.jpg
[1] Peter Sarsgaard and Michael Costa, "September 5," The Daily Show, December 12, 2024 (https://www.youtube.com/watch?v=jhgdDbrH70o).