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AI発と人間発を区別できなくなっても、作り手の私達には問題ない
我々がスマホやPC越しで視聴するコンテンツは①テキスト②画像③音声④動画この4つので構成されている。
昨今これらは、生成AIですべて生み出す事ができる。コンテンツを作ったのが、AIなのか人間なのか区別できなくなるのは時間の問題だろう。
そうなった時、我々がコンテンツや情報が「人間発」である事を判定するには、一次情報にアクセスするしかない。
画像と音声、動画はその対象をリアルタイムで直接見聞きする必要があるだろう。直接見聞きしなければ、人間発かAI生成かを区別できない。この時点で、空間と時間の制約にとらわれないという、インターネット最大のメリットは消え失せる。TVやラジオの時代以前に戻らなくてはならない。
テキストは更に難易度が高い。
テキストが人間発であると確認するには、入力する現場を押さえるしかない。それはタイピングやフリップ入力を行う目の前の人間の手元の動作が、画面の文字と完全一致でリアルタイムで対応している事を確認するのと同義である。それは目視ではまず無理なので、人の指先の動きをカメラで解析する必要がある。もうその時点で現実的ではない。
紙で出力された物を見てもますます意味がない。そのテキストを人間が入力したかどうかはわからない。
紙に手書きされたものを確認したらどうだろうか?
いや駄目だ。その場合、その手書き文書はAIが3Dプリンターで再現したものである可能性がある。
となると、残るはリアルタイムで紙に手書きで書いている所を現場で押さえ、その紙を押収するしかない。
そこまでしないと、テキスト情報が人間発である事を証明する事はできなくなるのだ。
もう、我々に残された選択肢は2つしかない。とことんアナログに回帰するか、コンテンツの発信元が人間なのかAIなのか区別するのを諦める事だ。当然、今更アナログ回帰を人類は選ばない。
じゃあそれが問題かと言うと、そうではないのかも知れない。我々はすでに、スマホやPC越しの情報が「誰発」であるかを気にしていない。それが自分にとって興味深く、面白ければそれでいい。誰であっても構わないなら、AIだっていいだろう。
情報の真贋も懸念されるが、すでに世の中はフェイクで溢れている。AIの方がむしろ信用できる可能性さえある。
であるならば、コンテンツや情報が人間発である意味はどこにあるのだろう。
究極には、その意味は発信する本人にしかない。
私達は、何かを書きたいと思う。
何かを創りたいと思う。
そして何かを残したいと思う。
そのささやかな衝動は、これからも無くならない。
コンテンツの発信元がAIなのか人間なのか。自分以外の人が区別できるかどうかは大した問題ではない。
少なくとも、自分はわかってるから。
そう。その自覚だけが真実だ。
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