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売上は伸ばすが炎上はさせない。監修という言葉の有能ぶりに舌を巻く 【にほんご迷子24】


「いやあ、これだけ原材料費が上がってると何かと大変でしょう?」

そう私が話しかけるのは、TVでもたまに見かける有名シェフが経営する、人気スイーツ店の販売責任者。商談の目的である広告の話は終わったので、今は終盤の雑談タイムだ。

「そうだねえ…。確かに原材料の値上げはキツイよ。でもウチの場合は特に労務費が一番かな。やっぱり職人の手作りでないとあの味がだせないもんでね」

なるほど、この手の現場ならではの情報はリアリティがある。

「まあ、それはキツイけど最近はヒット商品も出てるからトントンかな」

「へえ、何がそんなに売れてるんですか?」

「コンビニのAマートに出してるコラボ商品が好調でね〜。なんでもAマートで今年最大のヒットらしくて。単価は低くてもコンビニで売れるともう、桁が違うからね。ウチのネームバリューも捨てたもんじゃないよ~」

コンビニとのコラボ商品があるとは知らなかった。もう少し詳しく聞いてみたいと思ったが、ここで時間切れ。次の訪問を約束して、退散する。帰りので道中、同席してた部下にささいな疑問をぶつける。

「あの人、ウチの味は手作りじゃないと出せないって言ってたよな?」

「はあ、それが何か?」

「で、その直後にコンビニとコラボの話しをしてたのっておかしくないか?コンビニのスイーツは手作りじゃないだろう」

我ながら鋭い洞察だ。

「ハア?そんなの当たり前でしょう。コラボって言っても実際に作ってる訳ないじゃないですか。多分みんな知ってますよ」

そんなものかな。
気になったので、彼と別れた後、件のコンビニに立ち寄ってみる。先ほど話題になったコラボスイーツはすぐ見つかった。他の商品より上級な包装で、価格もおよそ2倍はする。

で、パッケージには
「銀座の名店□□□/〇〇〇シェフ監修」とある。

コラボと言っていたが、監修か。監修ならばちょっとしたアドバイスといったところだろうか?具体的にどう監修したかの記載は見当たらない。そもそも「監修」の意味を正しく知っているのか、自信がないので調べてみる。

まあ、思った通りか。この意味を前提で考えると、工場で作っていたとしてもなんら問題ない。

極端な話、2、3回味見をして
「ああ、こんなもんでいいんじゃないすか?(どうせウチの味再現できないんだから)」
で済ませている可能性もあるだろう。

とはいえ、なにか腑に落ちないものがある。

私はたまたま、疑問をもったので「監修」の意味を調べた。今日の商談であの話を聞かなかったら、一生調べなかったかもしれない。その場合、今ほど明確に「監修」という行為をイメージできただろうか?

大半の普通の人は「監修」など経験したことはないはずだ。その経験をするのは、専門家でかつネームバリューのある、ごく限られた人だけだ。私も含めてほとんどの日本人は「監修」という行為をわかっていない。
「監修」が何を意味するかの解釈は、個々の感覚にゆだねられる事になるのだ。

という事は、監修の文字が目に入った際、
あの有名店が監修して作ってるのか。じゃあ試しに買ってみるかな」

そう思う人がいたとして、なんら不思議ではない。なんならそう感じる事のほうが、多数派の可能性すらある。

「監修」の文字は、有名シェフの名前よりも相当小さく記載されているからだ。

更に言えば、コンビニで200円そこらの商品を買うのに、いちいち疑念を挟む人も少ない。パッケージには製造元が記載されているが、そんな情報を確認する人もごくわずかだろう。

結果、あの有名店が監修して作ってると思って買う人の数は、全国規模で考えると膨大な数となる。一つ一つは薄利でも、その利益は多大なものとなるだろう。

極めて巧妙な戦略だ。



「監修」という言葉に嘘偽りはない。

嘘偽りはないが
ちなみに、実際有名店で作ってるわけじゃないですからね。念の為。ちょっとアドバイスもらってるだけっすから』と記載している訳でもない。

この状況は、現在巷をにぎわせている某コンビニの「上げ底詐欺」にも似ている。

「上げ底詐欺」も詐欺ではない。なにせラベルにはきちんと内容量が記載されているのだから。でもこれだけ炎上しているのは、それがわかりやすく「絵になるから」だろう。

弁当の容器の底が、大幅に盛り上がっている絵
サンドイッチが、端の部分以外何も入ってない絵
シェイクの容器の上部が、中身と同じ着色されてる絵

これらはビジュアルとしてわかりやすいが故に、エンタメ要素と怒りを交えて拡散される。

しかし「監修」商品はどうだろう。これがコンビニ側のミスリードだとしても、炎上する可能性は極めて低い。

仮に、ある消費者が
『なんだよ…監修って。その店の商品だと思うだろ!これは上げ底と同じ悪質な詐欺行為だ!』

怒りを燃やしたとして、炎上にこぎつけるのは以下の理由で難しい。

①まず、絵面として面白くない。
「人気スイーツ店〇〇〇監修」のパッケージをYouTubeにアップしたところで、所詮ただのパッケージ。
上げ底のような立体的かつ、思わず誰かに言いたくなるインパクトはないので、拡散は難しい。

②味はネットで伝わらない。
仮にその味が、監修する有名店に遠く及ばないとする。
例えそうだったとしても味は所詮主観であり、そもそも味覚をありのままネットで伝達するのは不可能だ。
故にこのパターンでも拡散は難しいだろう。

③騒げば無知と言われる。
これが一番の理由。
『監修なんて言葉で、消費者を欺こうとするとは何事か!』と怒りをぶちまけたとする。その場合その矛先は本人に返ってくるだろう。

『え?あなた監修の意味しらんの?ウププ』

己の無知をさらけ出したうえに、思わぬ逆炎上を引き起こす可能性すらある。故に不満があっても、「監修」の表現そのものを責める事は、構造的に不可能なのだ。

改めて、極めて巧妙な戦略だ…


「売上は伸ばすが、炎上はさせない」

監修という言葉が果たす役割は、これほどにまで絶大だった。そして我々民衆は、巧妙な搾取構造に取り込まれる…

その手法も、誰かが監修するのだろう。


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