
コラム26 苦楽はつりあうか?
今日のコラムはまるで自己啓発セミナーみたいな内容です。
人生楽あれば苦ありなんて言葉がありますが…
ところで、その苦と楽はつりあうの?というお話です。
1. 親の方便
僕は昭和の生まれですからね。きついことがあっても、親から「人生楽あれば苦ありだ」とよく言われていました。
それって、子どもにいろいろ習い事とか勉強とかさせるための方便だったのでは…?なんて思ったりもするんですけど。
小学生の頃からめっちゃ「勉強しろ~」って言われ、「大学に入ったら楽になるから」「社会人になったら楽になるから」とか言われたような気がするんですけど、アレは噓ですよね。
勉強しまくって医学部に入ったら、更にとてつもない量の勉強が待っていて、医者になったらその後ろにエンドレスな量の勉強が待っていたんですが…。

しかしですよ。
今この歳になってもたくさん勉強をしないといけない。そうでないと日々進歩する世の中や医療についていけない。その勉強が苦しいか…と言われるとそうでもありません。
もう慣れたし。新しい知識を得るのって意外と面白いし。
むしろ楽しい…あれ?
そう考えてみると、小学生や中学生の頃に比べて今の方がずっとたくさん勉強していると思いますが、あの頃と比べて苦楽は逆転しているようです。
そんなことを言うと、「小中学校の勉強は、自分の興味があることばかりじゃないから」なんて反論が来たりします。いえいえ、今している勉強だって、決して興味のある分野ばかりではないですよ。わけわかんないことだっていっぱいあります。
でもそれほど苦しくはない。
これが慣れによるものなのか、何なのか。
「人生結局そういうものなんだよ」という深―――い含蓄を込めて、自分の親が「人生楽あれば苦ありだ」と言っていたのだとしたら、そりゃすげーなって思いますが(もう両親とも亡くなりましたが)、多分勉強させるための方便だったと思います。
これが人生楽あれば苦ありってことなのか…?
今日はここを掘り下げて、その苦楽とやらが人生においてつりあうものなのかを考えてみたいと思います。
2. 人生は平等か?

まずもって、人生というものは平等ではありません。
そりゃそーです。人間一人一人違うんですから。
持って生まれた環境、能力、性格、全てにおいて違いますから、平等なんてものはありません。
しかしこれを僕は、「楽」か「苦」かではとらえていません。
「幸福」か「不幸」か…というのも少し印象が違いますね。
「幸運」か「不運」かというのが一番言葉としては近いように思います。
生まれ持っての環境や、肉体の強さ、能力なんてものは変えようがありません。
自分ではどうしようもないのです。
そして、人生ではもっと、どうしようもないことが沢山降りかかってきます。
不慮の事故、病気、運が悪いとしか言いようのない環境の変化、出会う人の良し悪し…。これらも往々にして自分の力が及ぶ範囲には限界があります。
医者なんて仕事をしていると、そういう不平等は毎日のように目の当たりにします。
小児外科なんてしているとなおさらです。
何一つ悪いことをしていなくても、大病を患う子どもはたくさんいるのです。
生まれついて人間は平等ではない。
幸運な人もいれば不運な人もいる。
しかし、不運な人がみんな不幸か、「苦」ばかりか。いわゆる「人生ハードモード」なのか。
それは違うのではないでしょうか。
3. 「 ブレイブ・ストーリー」に学ぶ人生観
宮部みゆきさんは日本を代表する小説家であり、僕も大好きで多くの著書を愛読しています。
昔は「火車」や「模倣犯」といったハードコアなミステリー作品が多かったのですが、最近は江戸もの・人情ものを好んで書いておられて、「三島屋変調百物語」とか最高に面白いです。
重度のゲーム好きとしても知られており、ゲームを基にした小説や、ファンタジーのような作品も書かれています。
中でも「ブレイブ・ストーリー」はアニメ映画化もされ、知名度の高い作品です。
(結構昔の作品なので、壮大にネタバレを含んでおります。イヤな人は見ないでくださいね)

アニメ映画は大ヒットしたのですが、本来この作品は上・中・下巻にわたる長―い作品でして、2時間にまとめるのはとっても大変です。なので、どうしても駆け足、カットになった場面が多く、熱狂的小説ファンからは「こんなんじゃ原作の伝えたいことの半分も伝わってない!」という熱すぎる想いのせいで評判がイマイチだったりします。
アニメはアニメで絵柄が可愛くて僕は大好きですけどね。
でもでも、「人生観を学ぶ」という意味では、このブレイブ・ストーリーは是非原作を読んでいただきたい作品なのです。
まずもって、上・中・下巻といいましたが、上巻途中でギブアップしそうになるほどに、えっぐい家庭描写が入ります。主人公の父親が不倫して家を出ていき、不倫相手が家に押しかけて来たりして、母親がガス中毒自殺を図ります。うーん。重い。
まあ、「こんな運命を変えたい!」という強い意志でファンタジーの幻界(ヴィジョン)に入る物語なので、必要ではあるんですが、宮部みゆきさんの緻密な描写で上巻のほとんどをかけてみっちり描かれると…とても重いです…。
そして、物語の最後にかけて明かされていくのですが、ライバルになって同じヴィジョンで冒険する同級生の子は、更に5重くらいに輪をかけたえっぐい事情持ちです。詳しくは書きませんが。そりゃあ運命変えたくなりますよ。
主人公はヴィジョンの世界を旅し、ライバルと戦い、己とも戦い、その中で成長していく。
そして自分の内面であるヴィジョンと向き合って見つめることで、やがて外の世界を理解していく。そして最後に己のための勇敢な選択をする物語なのです。
ブレイブ・ストーリーという名がぴったりな作品ですね。
小学校高学年~中学生くらいのお子さんに何か本を薦めるとしたら僕はこれ1択です。
そんなブレイブ・ストーリー、最後に主人公が勇気ある選択をする時のシーンがとても美しい。
「喜びがある限り、悲しみがある。幸福がある限り、不幸もある」
女神さまに想いを伝える主人公の言葉が、宮部みゆきさんの美しい旋律のような文章に乗って心に響いてきます。
そう。
人生は不平等だし、人間各々の持って生まれた能力も全然違う。
更にそこに不運、不幸はどうしようもなく降りかかってくることがある。
しかし結局はその運命を踏みしめるようにしながら生きていくしかない。勇気をもって。
もがき苦しみながらも生きていく人の心に、前を向く勇気を分けてくれる名作です。
4. 苦楽は心の中にある
人生は平等じゃない。じゃあ、不運なことばかり起こる人って苦しみばかりでしょうか?
生まれつき家柄が良く、何不自由ないとされる人生を送る人は楽しいことばかりでしょうか?
それは違いますよね。
ブレイブ・ストーリーにあるように親が離婚したり、自殺しようとしたり。不運や不幸という事象自体は変えようがない。皆にとって一様です。
でも、苦楽というのはあくまでも自分の心が感じるものです。その大きさは人それぞれ。
最初の段落で僕は、昔からめっちゃ勉強させられて苦しくて、今になってももっと勉強しなくちゃいけなくて…でもなぜか今ではあんまり苦しくなくなって、むしろ楽しくなってきたといいました。
苦楽ってこんな風に変化していくものです。
そして、過去にさかのぼってその解釈すら変えることもあります。
「昔は部活きつかったけど、今になって考えるとあの頃楽しかったなぁ」とか、ありますよね!
そう。苦楽は己の心が決める実に主観的なものであり、そのベクトルは大きさも方向も極めて不安定なものなのです。
それに気づいて、そして医者として様々な人々の人生に接してきて、僕は結論としてこの苦楽はつりあっていると思っています。

苦しい思いをした分だけ、楽しみは大きい。
それは、きっつい長時間手術した後に飲むビールは最高…!とかいう卑近なものから、人生における苦楽の総量まで、ある程度つりあってくると僕は思います。
若い頃の苦労は買ってでもしろ…なんて格言もありますが、僕はそれを苦楽の総量という観点からも正しいのではないかと考えています。
なのでもう全然若くもないですが、人生なるべく楽しく生きたいので、僕は今でもひらすら苦労を買ってでもしています。
なるべく人が嫌がるような仕事も「やってみまーす!」と2つ返事で引き受けて、(これで後々楽しいことがいっぱい…)と考えると、どんな仕事も楽しく感じて…
あれ?そうすると後で苦しみがやってきちゃうのか…!?(迷宮)
5. 例外はある
はい。いきなり矛盾しちゃいましたね。
苦楽はつりあっている…というのが僕の考えであり持論ですが、何事にも例外はあります。
「楽をすること(苦労しないこと)」を人生の目標と定めた瞬間に、この論理は破綻します。
苦楽というのは己の心で感じるものです。
自分が「楽だ」「楽しい」と思うことだけやっていると、それは慣れにより次第に楽しさが薄まっていき、どうしても避けることができない苦労が余計にずーんと重くのしかかってしまうのです。
コレ、わりと取り返しがつかなくなってからやってくるので、ほんとに大変です。
僕は以前コラムで、「人に優しく、仕事は楽しく」を座右の銘にしていると書きましたが、これは「楽をしよう」としているわけではありません。
どちらかというと、人から「いつも楽しそうに仕事してますね!」と言われるようにしようと心がけているというもので、心では泣いていたりすることももちろんあります。
苦楽はつりあう!
回りまわって、結局親に言われた「人生楽あれば苦あり」の格言通りじゃないか…という気もしますが、人間年を取るとこういう結論にたどり着くようです。
(参考)
なし