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1万文字のなれそめ


ドラマのような社内恋愛でした。


これは、僕と妻の物語。

ノンフィクションですが、フィクションのような、それでもやっぱり本当のお話。


東京の女

見るからに高級そうなバッグに、すらりと高いヒールを履いて、タイトなスカート、軽やかなジャケットを羽織るその姿。

想像しうる限りの、丸の内OLそのもの。

当時の僕は、新卒2年目。

産まれてこの方、関西から出た事はなく、大学までずっと近畿在住。

東京の会社へ入社したものの、配属は関西にある支社。

大袈裟ではなく、関東の方とあまり接した事はありませんでした。

そんな中、突然転勤してきた絵に描いたような『東京の女』に対して、完全に面食ってしまう僕。

あぁ、きっと住む世界が違う人なんだな。

そんな風に感じたのを覚えています。

関連部署で働いていた為、簡単に挨拶を済ませて、それっきり。

たまに飲み会などで会う事はあっても、それほど深く話す事はありませんでした。

それから、1年後。

物語は、動きはじめます。

日本酒

1年も経つと、関東から来た先輩も、随分と部署になじんできていました。

物腰も何となく柔らかくなったような……って、先輩社員に向かって何でこんなにも上から目線なのか。

ある日、忙しかったので仕方なく残業。

仕事を終えて、ふと辺りを見渡すと、同じタイミングで帰り支度をしている先輩がいました。

「ご飯、行きませんか?」

今思えば、どうしてそんな事を口走ったのか、お誘いしたのか、覚えていません。

実はその時、付き合っている彼女もいました。(遠距離で殆ど連絡も取れていないけれど。)

それなのに、何となく、声をかけてしまったのです。悪い男。

「お!いいの?行こっか!」

快く答えてくれた……少なくとも僕はそう思っています。

そして、何となくおしゃれな和食屋さんに入店。

美味しい魚料理に舌鼓を打ちながら、話題はお酒の事へ。

「お酒、飲まないんですか?」

「いやー。すぐに酔っちゃうんだよね!赤くなるしさ!」

そう言ってジンジャエールを飲むその姿は、仕事中とは打って変わって、少しだけ小さく感じました。

「すみません僕だけ飲んでしまって。でも、魚料理に合いそうなので……。日本酒、頼んでも良いですか?」

「いいよいいよ!今日はご馳走するからドーンと頼みな!」

心強い言葉に、ついつい甘えてしまい、嬉々としてならす呼び鈴。

店員さんを待っている間、いくらか他愛もない話をした後、先輩は尋ねました。

「日本酒って美味しいの?飲みやすい?」

「え?飲みたいんですか?」

すると、店員さんがオーダーを取りに来たので、日本酒を注文。

「お猪口はいくつになさいますか?」

「あ、ひと……」

「2つで!!」

ギョッとして隣を見ると、笑顔の先輩。マジか。

「んーー!飲みやすい!美味しい!え!?日本酒ってこんなに美味しいんだね!お魚とも合うー!」

到着した日本酒を恐る恐る、でもクイっと飲んだら先輩は、キラキラした笑顔ではしゃいでいました。

こんなに話しやすい人だったんだ……。

そう思って、色々と話しているうちに、次会う約束が出来てしまいます。

「君のおかげで、日本酒が美味しいことが分かったよ!ありがとう!」

「いえいえ!体調、大丈夫ですか?」

「平気平気ー!じゃあね!」

顔を真っ赤にして、なんとも危なっかしい姿に、こちらもハラハラしながら、駅で見送りました。

一息ついた僕はスマホに目をやります。

相変わらず、彼女からの連絡はありませんでした。

オーダースーツ

先輩との次の約束というのは、オーダースーツを作ることでした。

僕の行きつけのスーツ屋さんで、早期購入割引があると伝えると「オーダーかぁ。興味あるなぁ。作りたいなぁ。」なんて言っていたので、お酒の勢いに任せて、つい誘ってしまったんです。

ボーナスも出たところだったので、僕も一緒になって作る事に。

前回のご飯で随分と心を許していた僕は、立ち寄ったカフェで、ついうっかり今の彼女との関係を明かしてしまいます。

数ヶ月連絡がつかない事や、これまでの事など。

親身になって聞いてくれながらも「それは彼女さんも忙しいのかもねぇ。」などと真っ当なアドバイスもくれたりしました。

その後、例の神戸にあるスーツ屋さんへ行き、あれこれ試着したり生地を選んで、2人とも満足のいくオーダーを注文。

お会計の時、販売員さんがニコニコしながら言いました。

「彼女さんですか?2人でスーツ作るなんて、仲良いですね!」

「は、はぁ。」

何とも間の抜けた返事をする僕。

思えば否定すれば良いのに、何故か出来ませんでした。

そっか、そんな風に見えるのか。

その日は、それで解散。

オーダースーツの仕上がりを楽しみにしつつも、心の中で何かが決まった感じがしました。

そして、数日後。

僕は、彼女と別れました。

ポートアイランド北公園

何故かその日は、先輩と夜景を観に来ていました。

スーツが完成したという事で、受け取りのついでに、せっかくだから少し歩こうという話になったのです。

目的地は、ポートアイランド北公園。

ご飯を食べて、ポートライナーという自動運転の電車に乗って向かいます。

道すがら、居ても立っても居られずに、破局した事を発表。

「そっか。悩んでたもんねー。なんて言ったら良いかわかんないけど、良かった……のかな?」

最大限に気を遣ってくれる先輩。

その後は気まずい雰囲気も特になく、他愛もない話で盛り上がりました。

夜景を堪能した後、帰ることに。

冬真っ只中だった事もあって、帰りはブルブル震えながら歩く僕。

「震えすぎじゃない!?大丈夫?」

驚きながらも、ケタケタ笑う先輩。

寒いやら、恥ずかしいやら、何だか傷心で寂しいやらで、ついうっかり言ってしまいました。

「手、繋いでもいいですか?」

「えー?」

戸惑う先輩。やっちまった。

流石に調子に乗りすぎたと思い、瞬時に弁明の言葉を考えていると、先輩は口を開きました。

「いいよ?」

そこからは、あんまり覚えていません。

気づいたら駅のホームにいて、お見送りをしないといけなくなっていました。

「じゃぁ、またね!今日は楽しかった!震えてたから、早く帰るんだよ!」

そう言った先輩。手を放そうとします。

グッ。

手が、離せない。

「えぇ?ちょ、帰れないんだけど?」

明らかに戸惑い焦る先輩。

電車は目の前で行ってしまいます。

「すみません。」

モジモジする僕を見て、先輩は不思議そうにしています。

無情にも、次の電車は直ぐにきました。

「なにー?寂しいの?でも、今日はもう遅いし!帰ろ?ね!風邪ひいちゃうよ?ね?」

「あのっ……!」

手を放そうとする先輩に向かって、僕はボソボソと呟きました。

「好きに……なったかもしれません。」

「え?」

空気が止まります。言ってしまった。

そして、目の前でもう一度閉まる電車の扉を見送った後、先輩は口を開きました。

「もー!えぇ!?なに!?あー!そうなの?でも、別れたばっかりじゃん!」

いや、ごもっともです。

「うーん。うー。ごめんね。直ぐには返事できないかも……。」

「すみません。そうですよね。」

うなだれている僕に、先輩は続けて言いました。

「1週間!1週間考えさせて!それで、ちゃんと返事するから。」

そうして電車に乗る先輩を見送り、家に着いた僕。

やってしまった。

もはや、ただのチャラ男じゃぁないか。

ただでさえ、社内の先輩です。もし万が一フラれても、キチンといつも通り接するように心がけよう。

不安を押し殺すようにして、その1週間はとにかく仕事に集中する事にしました。

クロワッサン

「遅くなってごめんね。明日、会えるかな?」

あの事件から5日が過ぎ、正直もうダメかと諦めていた頃。連絡がきました。

「午前中なら!」

そう返信をして、反応を待ちます。

「じゃぁ、ここ行こうよ!駅の近くのパン屋さん。おしゃれだし、行ってみたいんだ!」

あれ?思ったより、元気?

これまで5日間、社内で会う事もなければ、連絡も一切なかったことからの重い空気を予想していた僕。

拍子抜けしました。

当日になって、待ち合わせ場所に到着すると、いつも通りの先輩……いや、少し元気がなさそう。

やっぱり、フラれちゃうのかな?気を遣っているのかな?

そんな事を考えながら、予定通りパン屋さんへ入りました。

入店すると、焼き立てで美味しそうなパンがズラリ。

パンを選んでいるその時は、今なんの目的でここにいるのかを忘れるほど、ワクワクしました。

席につき、飲み物を注文して、しばらく世間話をした後、先輩は切り出したのです。

「で、ね?こないだの、答えなんだけど……。」

きた。

突然テンションの下がった先輩の表情を見た僕は、瞬時にどう反応しようかと考えを巡らせます。

すると、決意を固めたようなハッキリとした声が聞こえてきました。

「よろしくお願いします!」

こちらを真っ直ぐ見つめる彼女。

「よかったぁ。」

思わず漏れ出る安堵の声。本当にフラれるかと思った。

その後、美味しいクロワッサンを頬張りながら、香り高い紅茶を飲み、和気あいあいとモーニングを楽しんだ、付き合って初めてのデート。

店を出て仕事に向かう途中、彼女は安心しきった表情で打ち明けました。

「はぁぁ……。ほんと、緊張したぁ!ずっと吐きそうだった!」

それを聞いて、この1週間真剣に悩んでくれて、告白に挑んでくれたんだなと感動。

ルンルン気分で仕事に向かいました。

帰省

初めての社内恋愛は、約束を決めることから始まりました。

①別れても普段通り接すること

②結婚するまで会社には言わないこと

2人とも、付き合う上で気にしていたのは同じことだったので、約束は直ぐに決まりました。

逆に、そこだけ守れば、後は普通のカップルとなんら変わらない日々を過ごしていました。

毎日少しでも連絡をとり、休みが合う日にはショッピングや映画へ。

職場の近くで開催されたイベントには、2人ともメガネと帽子で変装して参加。

なんだか、会社にバレない様にというスリルもあいまって、2人の仲は更に深まった気がします。

仕事では、いよいよ3年目と言う事もあって、少しだけ昇格します。

仕事も順調、恋愛も順調。

日々、色々悩みは尽きませんでしたが、落ち込んだり苦しんだりする度に、お互いに支え合いました。

そして、そんな幸せが右肩上がりに増えていた頃。

彼女から連絡は、突然でした。

「私、関東に帰る事になった。」

地元

聞けば、どうやら僕と付き合う以前から、地元に戻りたいと希望していたとのこと。

過去に、彼女のお母様が大きい病気をしたことがあるそうで。

転勤してきたものの、近くにいないと不安だと伝えていたそうです。

しかし直ぐには叶わず、話は流れたものと思っていた。

確か、そんな話でした。

ザワ……。

僕の心臓がむず痒くなります。大丈夫だろうか?

思えば、過去お付き合いした方とも、ほぼ遠距離でした。

1人は、僕がアメリカ留学に行ったために遠距離になり、3ヶ月ほどで破局。

直前に別れた方も、国内ではありますが、片道3時間越えの遠距離。1年間続いたと言えばそうですが、半年以上は音信不通。

今回も、同じことにならないか。不安がよぎります。

しかし、お互い付き合っていることは会社に明かせません。

総合職なので、もちろん転勤を断るのも難しい。

2人して嘆くしかありませんでした。

異動直前。

頻繁にデート出来るのも、あとわずか。

この頃には、既にお互いのマンションへ出入りしていました。

繁華街でショッピングを楽しんだ後、マンションへ向かいます。

近所で晩御飯を食べ、帰宅。

あれこれ話した後、今回の異動について彼女は心のうちを話してくれました。


「本当は、早く地元に帰りたかったんだよね。そもそも関西への転勤も渋っていたし。でも、辞令だから仕方ないと思って過ごしてた。」

静かに頷く僕。

「仕事も大変で……。きっと、半年前の私なら、異動だー!って喜んでたと思うよ。」

彼女の目には、今にも溢れそうな涙。

「でも、なんで……。あーあ!なんで今なんだろうなぁ!君と付き合っちゃったからさ!もう、帰りたくないんだよね!」

きっとここ数日、我慢していたんだと思いました。感情が溢れ出し、ポロポロと涙を流す彼女。


「帰りたくないよぉー!!」

何度も何度も慰め、言葉をかける僕。

本当は少し先の誕生日に渡す予定だった時計は、その場でプレゼントすることにしました。

嬉しいやら、やっぱり寂しいやら、泣いたり、笑ったり。

その日は、色々な感情が溢れ出しました。

引越し直前、お礼にと連れて行かれた夜景の見えるレストラン。

手紙までもらって、何だか男女逆じゃない?とか疑問を持ちながらも、年上彼女ならではの安心感に甘えていました。

そして数日後、彼女は引っ越しました。

大喧嘩

異動してしばらくは、思ったより実感がなかった様に思います。

インターネットやスマホも随分性能があがり、連絡は簡単。

日々メッセージのやりとりをしたり、電話で声を聞けば、それほど寂しさは感じませんでした。

そんなある日、彼女からメッセージが届きます。

「今度、後輩とご飯行こうかって言ってるんだけど、行ってもいい?」

モヤ……。

心の中に暗雲が立ち込めます。


「良いと思うなら、行けば良いよ。」

「どういうこと?」

そこからは、付き合って初めての大喧嘩。遠距離恋愛はじまって早々の大事件です。

最初は文章でやり取りをしていましたが、最後は電話でお互いの意見をぶつけ合います。最悪のムード。

僕は、過去に同じ様なケースで失敗した(フラれた)ことがあり、そのトラウマから不安と怒りが止まりませんでした。

「分かった。そんなに言うならもう行かない。」

彼女からの言葉を最後に、2〜3日音信不通になってしまいました。

これはもう、終わったかな。

そう感じました。ただ、何もせずに諦めたくない。それに、何となく今回は今までと違う気がしていました。

意を決して、僕は彼女に連絡します。

過去のトラウマや不安を打ち明けると、彼女は理解を示してくれたのです。

「そっか。そうだったんだね。私も配慮が足りなかった。ごめんね。」

これまでの恋愛は、自分の正直な気持ちを話しても、すれ違うことが殆どでした。理解してもらえない。本当に僕は、コミュニケーション下手だったんです。

それなのに、僕の拙くて、言葉足らずな気持ちを、彼女は受け止めてくれました。

その後、付き合ってる間は、殆ど大きな喧嘩はありませんでした。

何かあれば、自分の気持ちを伝える。とにかく詳細に伝える。それだけで、理解力のある彼女は、分かってくれましたし、時にはアドバイスもくれました。

今考えると、この辺りで気づいていたと思います。

この人と結婚する、と。

片道3時間

遠距離恋愛がはじまってからは、2ヶ月に1回は会おうと2人で約束。

今月は僕が。2ヶ月後は彼女が。

そんな感じで、お互い行き来していました。

移動だけでも往復3万円。そこに宿泊費なども合わせると中々大きい金額。

少し休みが取りづらい職種だったので、3日会えたら良い方。

それでも、僕たちは2ヶ月に1度のデートを楽しみにしていました。

職場にキャリーケースを持って行き、同僚から不審に思われながらも、仕事終わりに直行。

到着したら、とにかく後悔しない様に、精一杯遊んで、話して、笑って。

そして、寂しい寂しいと言いながら、それぞれの住まいに3時間かけて帰ります。

確かに寂しいのですが、それほど不安はありませんでした。

最初の大喧嘩以来、お互いに信頼が高まったのか、いわゆる浮気みたいなことは無いだろうと、全く心配していませんでした。

フラグを折る様で申し訳ないですが、本当に全くなかったんです。

そんなこんなで、半年以上が過ぎ、少しだけ遠距離の感じにも慣れかけてきた頃。

普段めったに喋らない課長が、僕を呼び出します。

職場近くのカフェでコーヒーをすすりながら、最近の成績などについて一通り話した後、課長は改まった様子で辞令を言い渡しました。

「でね?再来月から、東京本社へ行って欲しいんだよ。」

急接近

「分かりました。お役に立てるよう頑張ります。」

きっと表情や声色は、冷静そのものだったと思います。

でも、心の中ではガッツポーズ。

やった!

やったぁ!え!?すご!?

奇跡起こった!?

仕事を終えるや否や、早速彼女にメッセージを送ります。

「ねぇ!この後、電話できる?」

「どうしたの?いいけど。」

電車を降りて、暗がりを自宅マンションに向かって歩きながら電話をかける僕。

もう先ほどの様なポーカーフェイスは見る影もありません。ニヤニヤが止まらない。

「もしもし?どうした?」

「あのね!今日課長とお茶行ってさ、どうやら本社で人事異動があったらしいんだよね。」

「うん。え?う、うん。それで?」

「再来月から本社に行く事になった!」

「やったぁぁぁぁ!!!ほんとに!?やった!!うわー!」

電話越しに喜びを噛み締め合う2人。

引越しまでの2ヶ月間は飛ぶ様に過ぎ去り、次に住むマンションの内見には彼女も同席。

家具も2人で選びながら、これからの未来に期待を膨らませます。

そして、冬真っ只中。

僕は、満を持して上京したのです。

挨拶

首都圏での生活は、思いの外快適でしたが、大変なことも多々ありました。

まず、土地勘は皆無。

遊びに行こうにも、どこへ行ったら良いのか全く検討がつきません。

更には、出張の多い部署だったので、様々な電車を乗り継いだり、知らない土地で宿泊したり。

慣れない仕事を、慣れない土地でというのは、思ったよりハードでした。

しかし、彼女がいたから、何とか支えられてやっていくことが出来ました。

デートに関しても、こちらが調べるより彼女が調べる方が速く、しばらくはリードされ続ける日々。

慣れない土地で、何とかやってこれたのも、彼女がいたおかげだったと思います。

と、綺麗に振り返るならこんな感じ。

実は、首都圏に来るにあたり、初っ端あるイベントがありました。

ご両親への挨拶です。

元々、厳格なご両親だと聞いていたので、準備に準備を重ねます。

好物だという関西のお菓子を仕入れ、同居しているワンちゃんに向けてジャーキーを購入。

また、彼女の両親への挨拶というのが初めてだったため、失礼があってはならないと手紙をしたためます。

挨拶当日。

仕事終わりに2人揃って、彼女の自宅へ向かいます。

「緊張してる?まぁ、するよね?」

「そりゃ、ね。」

口数も中々増えないまま、玄関へ。

ドアを開けた途端、ワンちゃんが飛び出してきました!

「はいはい!いらっしゃい!」

お母様が出迎えて下さり、お父様もリビングに。

そそくさと、お土産と手紙を渡し、挨拶を済ませると、それとない会話がはじまりました。

良かった。思ったより優しい人達だ。

終始、和やかに時間は流れ、その日は終わりました。

後日、妻から伝えられます。

「手紙、すごく喜んでいたよ!仏壇に飾ってある!あと、ワンちゃんも吠えなかったからビックリした。知らない人には吠えるんだけどねぇ。賄賂が効いたかな?」

手紙とジャーキー用意して良かった。

安心していると、続けてメッセージが。

「で、手紙なんだけどさ。『末長くよろしくお願いします』ってあってさ……。そういうことで良いんだよね?ってお母さんが言ってるよ?」

あ……。

余命宣告

挨拶も済ませ、随分とこっちの土地にも慣れてきました。

あの挨拶以来、やはり結婚についての話になることが増えました。

僕も、正直意識していたこともあり、前向きな様子に心を許して「1年以内にはプロポーズする。」とあっさり宣言。

あとは、どんなロマンチックなプロポーズにするかぼんやり考えながら、日々仕事に打ち込んでいました。

そんなある日、父親から留守電が入っていることに気づきます。

折り返しをくれ、と。

……なんだろう?

普段ほとんど連絡はせず、基本的には放任主義の父。

ついに息子が関西から出て行って、寂しくなったのかな?そんな呑気なことを考えていたので、父の口から出た言葉はあまりに衝撃的でした。

「おばあちゃんが、余命宣告をうけた。」

以前から調子が悪いとは聞いていたものの、そこまで悪化しているとは。

父は続けます。

「もし、その、今の相手と結婚とか考えているなら、早めに決断した方が良いかもしれない。」

つまり、不幸があった直後だと、お祝いも満足に出来ないかもしれないと心配してくれたんです。

以前から、彼女のことは話していたので、父なりに思うことがあったのでしょう。

しかし、あまりの情報量に、気持ちが落ち着かない僕。つらい。

とはいえ、猶予はあまりありません。

気がつけば、彼女に電話していました。

一部始終を話した後、ベッドの上で正座をしながら、恐る恐る、でもハッキリと伝えます。

「こんな形で申し訳ない。でも、今言わないと後悔すると思う。」

走る緊張。電話を持つ手が、じんわり汗ばんでるのが分かる。

「僕と結婚して下さい。」

結婚

正直に言うと、このプロポーズの後に妻から何を言われたかは覚えていません。

記憶が曖昧なのです。

結論から言うとYES。だけど、複雑。

そういう感じだったように思います。

想像していたプロポーズとは180度違いましたし、ロマンなんて一切なし。

仕事終わりの妻に、僕は電話で結婚を申し込みました。

後日、妻からは釘を刺されます。

「流石にさー。もうちょっと何かあったんじゃない?」

ごもっとも。

とはいえ、両親と祖母にも結婚報告が出来たので、そこは本当に良かった。

でも、やっぱりなんかモヤモヤする。

その後、横浜に行って、2人で婚約指輪と結婚指輪を選びました。

結婚式の会場や日取りも、次々決定。

その中で、とてもホスピタリティに溢れるプランナーさんに出会います。

僕も妻も、その方を信頼していました。

常に先を読んだ提案が、本当に心地よかったのです。

ある時、式の契約についてプランナーさんと僕は電話をしていました。

確認が終わって、あとは数ヶ月後にまた打ち合わせしましょうとなった時、僕は意を決して相談してみました。

「実は、妻にきちんとプロポーズ出来ていなくて……。」

状況を説明すると、プランナーさんは「はい。」「なるほど。」と丁寧に話を聞いた後、こう答えました。

「分かりました。お役に立てるかもしれません。いや、奥様を喜ばせてあげましょう!」

そこからは、電話口にも関わらず、流れる様に食事の席、サプライズを企画・提案されました。

「以上です。もちろん、もっと高価なプランもありますが、レストランの雰囲気はこちらがベストかと。」

「ありがとうございます。ご提案頂いたプランにします!」

そして、数日後。

結婚式場から招待されたと、軽く嘘をつき、件のレストランへ向かいました。

指輪は自分で持ち歩くので、普段持たない様な大きめの鞄を持っています。

妻からは若干怪しまれますが、気づいていない様子でした。しめしめ。

レストランへ到着すると、準備されていたのは完全な個室。

妻の好きな色の花も飾られていて、プロポーズが無いとしても、満足のいくディナーだったと思います。

「ちょっと、お手洗いに行ってくる。」

そう言って、席を立った後、スタッフの方に、今からプロポーズしますと声をかけます。

「少しだけ、目を瞑っていてくれる?」

「えー?なにー?」

不思議そうに、でも、素直に目を瞑る妻。

「いいよ!」

目を開けた妻。

僕の手には、一緒に選んだ婚約指輪。

「改めて……僕と結婚して下さい!」

「ふぇぇ!……はい!」

今度こそ笑顔になった妻。

目は涙で潤んでいました。

モヤモヤは一気になくなり、安堵の表情を浮かべる僕。


「おめでとうございまーす!!」

振り返ると、スタッフの方が大きなお皿を手に持って入室してきました。

そこには、チョコレートで書かれたCongratulations!の文字!

また、妻の趣味が乗馬だと、プランナーさんからレストランに伝わっていて、馬蹄も描かれていました。

プランナーさん!本当にグッジョブ!

1年後に開催された結婚式は、もちろん大大大成功!

大笑い&(僕が)大号泣した1日でした。

ちなみに、当日はまさかの雨。

しかし、披露宴に向かう頃には雨が上がり、なんとここでもサプライズ!

披露宴会場の建物前に、雨で描かれた2人の名前と、あめでとうございますの文字があったのです!

雨降って、地固まる。
そして、感動がある。

2人の、これまでとこれからを暗示している様な、本当に素敵な結婚式でした。

やっと、夫婦になれた。

好きよりも愛よりも

おかげさまで(?)結婚してからも色んな事が起こりました!

結婚式の翌月に、短期の単身赴任が決定したり。

コロナ禍で、会社の業績が大変なことになったり。

出産やマンション購入など、嬉しいイベントもあれば、辛い経験も沢山ありました。

その都度、夫婦で支え合っています。

結婚して本当に良かったと、日を増すごとに感じます。

妻は……同じ様に感じてくれているでしょうか?

いや、きっと、大丈夫。

だって、僕が結婚してから1番つらかったあの時。

妻はこう言ってくれたんですから。


「推しのためなら!」

【あとがき】
まずは、ここまで読んで下さった皆様!
ほんとーーーーに!
ありがとうございます!
まさかまさかの、1万文字ジャスト!書き終えた時には、鳥肌が立ちました。
勤務地などには若干のフェイクを入れてますが、基本的にはノンフィクションです。
ドラマの様だったよねぇって話を妻にしたところ「だったら書いてみたら?」と言われて書き始めたこのエッセイ。
書いて良かった。一生の思い出です。
改めまして!
1万文字におよぶ、あまりにも長すぎる惚気話。
最後まで読んでいただき、本当にありがとうございます!

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