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行政計画を“感じる”アート展に!8000人の市民と作り上げた『熊本市第8次総合計画展』が描く、社会課題への新たなアプローチ

有明にある東京ガーデンシアターで開催された2024年度受賞祝賀会の様子


2024年10月16日、Hub.craftが映像制作を担当した「熊本市第8次総合計画展」のグッドデザイン賞受賞のニュースが飛び込んできました。今年度の応募数は過去最多規模の5,773件!東京・有明ガーデンシアターで開催された受賞祝賀会も、広い会場が埋め尽くされるほどの盛況ぶり。熊本から、今回の企画の主催である熊本市役所の担当さん、クリエイティブチームを率いた佐藤かつあきさん、そして映像担当Hub.craft代表の山下が会場に駆けつけてきました。

同じくグッドデザイン賞を受賞されたみなさまと
(左から2番目が佐藤かつあきさん)
圧倒的な会場でウキウキの代表・山下


「熊本市第8次総合計画展」は、自分ごと化どころかそもそも誰も知らない「行政計画」を「アート」の力で再解釈し、身近に感じてもらおうとした前例のない取り組みです。熊本市現代美術館と行政が連携し、さらに約8,000人もの市民が関わった市民参加型展示として評価をいただきました。


行政の取り組みが市民に届きにくいという課題に対し、行政と美術館が手を組み、取り組んだ今回の企画の意図やこれからの可能性について、クリエイティブ・ディレクターの佐藤かつあきさんにお話を伺いました!





およそ8,000人の市民が関わった
前代未聞の現代美術館での行政企画展


「熊本市第8次総合計画展」
は、熊本市現代美術館と熊本市役所が協力し、8年に一度策定される市の行政計画を、8,000人以上の市民が参加する「アート展」に変えた全国初の取り組みです。


熊本市長の大西一史さん
熊本市現代美術館の日比野克彦館長の対談から生まれたこのプロジェクトは、その希少性だけではなく、震災後から続く熊本市現代美術館と市民の関係性も評価されてのグッドデザイン賞受賞となりました。


ビジョン3「まもる」で展示された、新聞記事の切り抜き写真


佐藤かつあきさん
「特に日比野さんが館長になられてから、熊本市現代美術館は市民により身近な存在になりました。2016年の熊本地震のときも、ライフラインがまだ復旧していない中で市民の声に応え、運営を再開。日比野さんは、東京藝術大学の学長を務めるなど日本屈指の人物でありながら、自ら被災地に赴き子どもたちとワークショップを開くなど、現場を大切にする方です。日比野さんをはじめとした学芸員の方々が市民の心に寄り添い続けてくれたことも、多くの市民が今回の企画展に関わる理由の一つになっていると思います」



"自分ごとじゃない"どころか
そもそも誰も知らない「総合計画」

エントランスから広がる「熊本市第8次総合計画展」の空間


「そもそも総合計画って何?!」という声が聞こえてきそうなので、少しご説明を。総合計画とは、地方自治体における行政運営の最も上位に位置するプランで、行政が行動するための基本方針ともいえる重要な指針。日本のほとんどの市町村で策定されていますが、その内容が市民に浸透しているかというと、そうとは言い難いのが現状です。

日比野さんからの本展覧会来場者のみなさまへのメッセージ。
「感じる計画。」を8回繰り返しているあたり、表現者としての覚悟と、
いい意味での狂気を感じます。


そこで今回企画されたのが、この「熊本市第8次総合計画展 感じる計画!PLAN TO FEEL!」。熊本市が策定する8つのビジョンを、日比野さんがわかりやすいキーワードで表現。それぞれのキーワードに合わせた展示やワークショップを実施しました。

総合計画に含まれる8つの政策から、わかりやすいキーワードを抽出して展示を展開


例えば「こどもが輝き、若者が希望を抱くまち」だったら「きぼう」「市民に愛され、世界に選ばれる、持続的な発展を実現するまち」だったら「あい」のように、各テーマをわかりやすく表現しています。

「熊本市第8次総合計画展」の8つのテーマと総合計画 のビジョン
1. <きぼう>…こどもが輝き、若者が希望を抱くまち
2. <あい>…市民に愛され、世界に選ばれる、持続的な発展を実現するまち
3. <まもる>…市民生活を守る強くしなやかなまち
4. <らしさ>…だれもが自分らしくいきいきと生活できるまち
5. <ゆたか>…豊かな環境を未来につなぐまち
6. <くらし>…すべの市民がより良い暮らしを営むまち
7. <あんぜん>…安全で良好な都市基盤が整備されたまち
8. <しんらい>…市民に信頼される市役所

熊本市ホームページ「熊本市第8次総合計画について」より


佐藤かつあき
「この展覧会では、日比野さんが抽出してくださったキーワードに合った美術作品や映像作品の展示、さらには自分で作品を制作するワークショップなどを実施しました。一般に行われる市役所でのパネル展示とは違い、行政計画を"理解する"のではなく、自分の視点で"感じる"ことにフォーカスを当てるこの試みは、まさに現代美術館ならではのユニークなアプローチ。役所が一方的に伝えるのではなく、双方向のコミュニケーションが生まれる貴重な場になっていたと思います」

行政のテーマに合わせて作品がキュレーションされるという前代未聞の試みでは
学芸員さんたちのセンスが光りました



「感じ方は人それぞれでいい」
とっつきにくい行政計画への
タッチポイントを増やす

「感じてつくる」ワークショップ


「ひとりひとりの違いは、その人らしさ」
「らしさの色が多彩であったほうが豊かなまちになる」

そんなメッセージが込められた「熊本市第8次総合計画展」は、ただの展示にとどまらず、さまざまな形で市民が行政計画に関われる場を提供しました。結果として8,000人以上もの市民が参加。多様な参加機会をデザインした点が、この展覧会の大きな特徴のひとつです。

⚫︎展示作品を通じて共感を広げる:展示されたアート作品を通して、政策に込められたメッセージを表現。

ビジョン1「きぼう」で展示された約100人の市民が参加して制作された「PiKA PiKA iN KUMAMOTO」のメイキング映像

⚫︎ ワークショップ:展示会場では、総合計画の8つのビジョンを題材にした制作ワークショップを実施。来場者が手を動かし、自らの視点で計画を「感じる」場を提供。

本日の「感じる」お題
参加者の方がテーマに沿ってつくった作品も会場で展示

⚫︎ 広報PRチャネルの拡大:自治体発信だけでなく、SNSや地域メディアなど複数のチャネルを活用し、より多くの市民に情報を拡散。

⚫︎ 映像を通じて市民の活動を紹介:熊本市の未来を描く総合計画の一環として、市民活動の映像を展示。

Hub.craftが映像制作にて協力させていただきました!


⚫︎ ミュージアムショップ「総合計画店」
:総合計画に関連する商品を手に取ってもらえるよう、会期中にミュージアムショップで関連グッズを販売。

⚫︎ 新人研修の場として活用:熊本市役所の新人職員研修の一環として展覧会を提供し、政策への理解を多角的に深める機会に。

⚫︎教育の場としての展開:市内の高校や専門学校の授業にも展覧会を組み込み、若い世代へのリーチを促進。


佐藤かつあき「今回グッドデザイン賞を受賞したポイントとして、8,000人という多くの市民が参加したという点も大きな意味がありました。しかし今の時代、ただ待っているだけでは来てもらうことはおろか、関心を持ってもらうことすら難しい。私たちが率先して動いて様々なタッチポイントを作り、市民に関わってもらうことが重要だと思っています」



現代美術館×行政が共につくる
新しい市民とのつながりとアートの可能性


日比野さんが熊本市現代美術館の館長に就任したのは、2021年6月。2007年に同館で個展を開いた経験から熊本市との縁が深まり、「アートを社会の課題解決に役立てる」というミッションのもと、館長の役職を引き受けました。

就任後、日比野さんは『ご用聞き』活動を始め、自ら市役所へ赴き職員一人ひとりの困りごとや悩みを聞いてまわりました。職員からは「アートも私たちの仕事も、やることは同じかもしれない」という感想が聞かれるなど職員の意識に変化が生まれ、行政と美術館との距離が縮まるきっかけに。こうした背景が、今回の「熊本市第8次総合計画展」の企画にもつながっています。


佐藤かつあき
「日本全国にある1,064の美術館の中で、実は現代美術館はわずか20〜30館しかありません。普通の美術館は作品の収集や展示、文化・歴史の教育を主な役割としていますが、現代美術館は現代アーティストの発掘と支援、観客との双方向のコミュニケーション、そして社会的テーマに挑む場でもある。行政だけでなく、他の課題を持つ人たちも現代美術館とコラボレーションすることで、非常に大きな可能性があると感じています。

世の中には『美術館は無駄』のような意見も存在し、残念ながら閉館に追い込まれているところもあります。しかし僕は『無駄に見えてる』ということが問題で、この世に無駄な美術館なんて存在しないと思うんです。

今回の総合計画展は、市政と現代美術館がタッグを組んだ非常に珍しい事例です。これをきっかけに、表面的な共同企画で終わらせるのではなく、一歩踏み込んだ本質的なコラボレーション企画が全国に広がってほしいなと思います」



アートが教えてくれる
何度でも再発見できる価値のかたち

ビジョン5「ゆたか」で展示されたZUBEさんの廃材アート

ー今回の企画で、かつあきさんが特に印象に残ったことは何ですか?

佐藤かつあき「今回、作品を展示させていただいた作家さんのご子息をお呼びして、当時の話を伺いました。そのとき、『アートは、時代が変わればいつかその価値が再発見されることがある。だから、作品はずっと残しておくべきなんだ』と話されていて、とても印象的でした。

アートの価値は変わり続けます。生前に評価されなかったアーティストが、死後に価値を見いだされることも多くあるのは、みなさんご存知でしょう。美術館とは、そうしたアートの変わりゆく価値を守りつつ、再発見していくための場所でもある。

収蔵作品の中には、今もなお人の目に触れる機会を待っているものがたくさんあります。それが持つ文化的価値はとても大きく、僕はその“再発見”のプロセスの重要性を今回改めて感じました」

"まちづくりってなんだろう"

佐藤かつあき「今は、残念ながら流行がすぐに消費される時代です。一方でアートは、瞬間的な流行とはまったく異なる価値のあり方で存在しています。こういう時代だからこそ、アートが持つ異なる価値のあり方に、もっと市民が触れられる機会を増やしていくべきだと感じています。大勢が価値を認めるからではなく、たった一人でも価値を感じることで、アートはその意義を持ち続けられる。そのような価値との出会いや体験を通じて、私たち一人ひとりがもっと変わっていけると思うんです。今回の切り口は行政の『総合計画』でしたが、もっとさまざまな切り口でアートを市民に届け続けることは、とても大きな意味があるんじゃないでしょうか」



デザインとクリエイティブのチカラで
少し遠い存在に感じるものの価値を
市民に届け続ける

「まもる」をテーマに展示された、荒木経惟さんの新聞ポラロイド

ー今回の「熊本市第8次総合計画展」は、普段なかなか触れることがない行政にアートを通じて自分ごととして関わることができる、とても貴重な機会だったんだなと感じました。

佐藤かつあき「実際のところ、行政だけでなく、アートそのものも市民からすると少し遠い存在なんですよね。今回の企画は、『行政』と『アート』という二つの存在が手を取り合い、どうすれば市民にもっと近づけるかをチャレンジしたものでもあります。ここで大切なのは、価値をわかりやすく、興味を持ってもらえる形で届けること。それが僕やHub.craftのようなクリエイティブチームの腕の見せどころかなと」

ーなるほど、クラスで孤立しがちな2人を、学祭のタイミングでかつあきさんが「実はこいつらおもしろい奴らなんだよ」とみんなのところに連れてくるシーンが想像できました。

佐藤かつあき「まさにそんな感じですね。得てして、そういう人たちは自分の良さを伝えるのが苦手だったりします。それをわかりやすく翻訳してつなげてあげられるのは、少し外側にいる僕たちのような人間の役割だと思うんです。

例えば、行政の方々は市民の暮らしを良くするために本当に一生懸命に『総合計画』を策定してくれている。でも、行政の方々が自分たちでその価値を説明しようとしても、なかなか市民に響きにくい。そこを、僕たちクリエイティブやアートの立場から伝えていくことで、ほんの少しでも興味を持ってもらったり、『選挙に行ってみようかな』と思ってもらえたりしたら、嬉しいですよね。少しでも市政への関心や、印象が変わるきっかけになればいいなと思います」


<運営メンバーにてぱちり>


Hub.craftは、これからも熊本から、映像を中心としたクリエイティブでナニカとナニカをつなげる [ HUB ] として、全力で応援していきたいと思います。
佐藤かつあきさん、素敵なお話をありがとうございました!


インタビュー:佐藤かつあきさん
写真:マエダモトツグ、佐藤かつあき
文:谷本 明夢


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