桑原武夫「文学入門」の世界近代小説50選は古いのか
「文学入門」は72年前に発行
桑原武夫「文学入門」が出版されたのは、1950年のことです。現在は2022年ですので、72年ほど前ということになります。
72年前と考えると相当前のことで、これだけで昔の本なんだなと感じられます。
私は生まれてもいないし、この文章を読んでくれている大半の人もきっと、そのはずです。
そこまで難解ではない
この本を読んでみて感じるのは、意外とわかりやすいことです。
文章も平易だし、中身も直感的で、それほど難しくない。
普通の新書と同じくらいの難易度に収まっていると感じます。
古いと考え始めたきっかけ
ただ、だからといって、中身が古びていないかはまた別で、例えば、文芸評論家の斎藤美奈子さんはこのように述べています。
こう述べる理由は、「大衆文学をこきおろしている」ことや、「西洋かぶれで日本文学をそもそも見下していた」ことを挙げています。確かに、これは妥当な指摘だと感じます。
体系的なことを学べるというよりは、著者が考える文学論を熱意のままにぶちまけた、という感じです。
共感できるところはあっても、タイトル通りに「文学の入門」になっているとは言えなくなっているようです。
世界文学に興味を持てる
良いところも言わせてもらえば、この本は、文学について考えるきっかけくらいにはなりそうです。
「俺の好きな小説はこういうのだ!」っていうのが書かれていて、そういうものも文学を考える上では欠かせないことです。
売れ続けて絶版になっていないのは、得られるものがあるからで、そこまで悪い本でもないのかなと思います。
取っつきやすいし、新書だから安価だし。
文学や小説に興味を持つという観点でみれば、有効に使えなくもないのでは?と思います。
巻末のブックリスト
そこで、ようやく本題に入るのですが、「文学入門」の巻末には、「世界近代小説五十選」なるものが、掲載されています。
これは、その名の通り、西洋の近代小説に特化した必読書のリストです。
五十選に絞ってあるのは、「これだけは、教養ある日本人なら必ず読んでいるというふうにしたい」からだそうです。
若干、教養主義的な匂いのする主張ですが、実のところ、世界文学の近代小説のブックリストは探してみても、あまり、めぼしいものがありません。
なので、叩き台にするくらいなら、まだまだ有用だと感じます。
世界近代小説五十選
○ボッカッチョ「デカメロン」
○セルバンテス「ドン・キホーテ」
○デフォー「ロビンソン漂流記」
○スウィフト「ガリヴァー旅行記」
×フィールディング「トム・ジョウンズ」
○ジェーン・オースティン「高慢と偏見」
×スコット「アイヴァンホー」
○エミリ・ブロンテ「嵐が丘」
○ディケンズ「デイヴィト・コパフィールド」
○スティーブンソン「宝島」
△トマス・ハーディ「テス」
○サマセット・モーム「人間の絆」
△ラファイエット夫人「クレーヴの奥方」
○プレヴオ「マノン・レスコー」
△ルソー「告白」
○スタンダール「赤と黒」
△バルザック「従妹ベット」
○フロベール「ボヴァリー夫人」
○ユゴー「レ・ミゼラブル」
○モーパッサン「女の一生」
△ゾラ「ジェルミナール」
○ロラン「ジャン・クリストフ」
○マルタン・デュ・カール「チボー家の人々」
△ジイド「贋金つくり」
×マルロオ「人間の条件」
○ゲーテ「若きウェルテルの悩み」
○ノヴァーリス「青い花」
○ホフマン「黄金の壺」
×ケラー「緑のハインリヒ」
○ニーチェ「ツアラトストラかく語りき」
○リルケ「マルテの手記」
○トーマス・マン「魔の山」
○ヤコブセン「死と愛」
×ビョルンソン「アルネ」
△プーシキン「大尉の娘」
△レールモントフ「現代の英雄」
△ゴーゴリ「死せる魂」
○ツルゲーネフ「父と子」
○ドフトエフスキー「罪と罰」
○トルストイ「アンナ・カレーニナ」
△ゴーリキー「母」
×ショーロホフ「静かなドン」
○ポー短編小説「黒猫」「モルグ街の殺人事件・盗まれた手紙他」
○ホーソン「緋文字」
○メルヴィル「白鯨」
○マーク・トウェーン「ハックルベリィフィンの冒険」
○ミッチェル「風と共に去りぬ」
○ヘミングウェイ「武器よさらば」
○ジョン・スタインベック「怒りのぶどう」
○魯迅「阿Q正伝・狂人日記他」
作家名やタイトルを現代に合わせて、書き換えたところもありますのでご了承ください。
特に、「黄金宝壺」は「黄金の壺」に改題されているようなので、変更しました。
ちなみに、ルソー「告白」とニーチェ「ツァラトストラ」は小説ではないそうです。
「散文芸術としての価値の高さと、影響の大きさを考えてとくに採用した」らしいです。ルソー「告白」は著者が翻訳したものなので、若干、優遇されている気がしますが、どうなんでしょうか。
○△×の基準
○普通に今も売られているもの
△光文社古典新訳文庫のみか、絶版になっているが他作品なら読めるもの
×絶版かつ他作品もあまり見当たらないもの
△と×の詳細
なんだか△と×の基準があいまいだと自分でも思うので、その詳細です。
×フィールディング「トム・ジョウンズ」(絶版。他作品も特になし)
×スコット「アイヴァンホー」(絶版。「湖の麗人」が岩波文庫から出ているが、刊行が1936年で訳が古い)
△トマス・ハーディ「テス」(絶版。「呪われた腕 ハーディ傑作選」や全集はある)
△ラファイエット夫人「クレーヴの奥方」(光文社古典新訳文庫のみ)
△ルソー「告白」(絶版。他著作なら、いくらでもある)
△バルザック「従妹ベット」(人間喜劇セレクション二分冊で出ているが、高価。「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」などはある)
△ゾラ「ジェルミナール」(上巻が絶版。他作品ならある)
△ジイド「贋金つくり」(アンドレ・ジッド集成IVとして刊行されているが、8470円と高価。「狭き門」など他作品なら文庫である)
×マルロオ「人間の条件」(絶版。「王道」が講談社文芸文庫)
×ケラー「緑のハインリヒ」(絶版。他作品も特になし)
×ビョルンソン「アルネ」(絶版。他作品も特になし)
△プーシキン「大尉の娘」(光文社古典新訳文庫のみ。「スペードの女王・ベールキン物語」は岩波・光文社古典新訳ともにある)
△レールモントフ「現代の英雄」(光文社古典新訳文庫のみ)
△ゴーゴリ「死せる魂」(「外套・鼻」など他作品なら割りとある)
△ゴーリキー「母」(絶版。「二十六人の男と一人の女」なら光文社古典新訳文庫にある)
×ショーロホフ「静かなドン」(絶版。他作品も特になし)
△に光文社古典新訳文庫のみのものを含めたのは、それがないと実質絶版になってたよなあと思うからです。単純に、○の数が増えすぎてしまうので、読む優先順位をつける都合上、便宜的に△にしておきました。
新たに翻訳してくれる人がいて、出版されていることを考えると、めちゃくちゃありがたいことなのは重々承知の上です。
「差別するな!」と思う人は、○に格上げしておいてください。
というか、絶版になっていることをカバーしてくれているとも言えるので、光文社古典新訳文庫すごくね?ってことだと思います。
終わりに
自分はどれくらい読んでるんだろうと思って、絶版の割合を調べてみたんですが、意外と大変でした。
もしかすると、ミスとかがあるかもしれないので、詳しくはご自身で調べてもらうのが賢明だと思います。
正直に言うと、自分が読むために調べたものなので、知らない作家もいるなど、知識が欠けてる分、間違いがない自信はありません。
「本当かな?」くらいの気持ちで活用してください(間違いをみつけたら、そのつど修正していこうと思っています)。
ちなみに、○は34、△は10、×は6です。
自分は○を10作品くらいしか読めていないことも発覚したので、もっと読んでいこうと思います。
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