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宿題をしないわが子にイライラしていたらある日子どもが学校に行かなくなった話

「お酒を飲むと気が大きくなるので、子どもにイライラしないために宿題に付き合うときはビールを飲んでいます」
これはある子育てセミナーに参加したときにコメントを振られてわたしが話したことだ。

当時長男は小学1年生。
わたしは長女を出産して育児休業中。
仕事していない分、時間的には余裕があるはずだった。
それなのに、わたしは下校後なかなか宿題をしない長男に毎日イライラしていた。

1.小1の壁

※『小1の壁』
 子どもが小学生になることで共働き世帯が直面
 する様々な環境変化のこと
 勉強の習慣化もその一つ

完璧主義・真面目なわたしは、昔から”備える”ことに抜かりのないタイプだった。
しっかり対策をしていれば小1の壁問題も回避できると思っていた。
そのため早い段階から育児本を読んで、情報を入手して、準備を進めていた。

しかし、現実は違った。
"子どもは褒めて伸ばす”と言われるが、そもそも宿題をやる気がない子のどこを褒めたらいいのか。

"共感してあげましょう”とあるが、なかなかやらない子どもに「わかる。勉強嫌だよね」と共感したとしても、そのあとどうすればいいのか。

育児本通りのことが出来ず、悩んでいた。

2.同伴授業生活のはじまり

2学期に入ってしばらくしたある朝。
登校したと思っていた長男が泣きながら戻ってきた。

そのときは落ち着かせてから学校まで送り届けたが、その後少しずつ「無理」と言って引き返してくることが多くなった。

そしてある日、ついに長男は「学校にいきたくない」となってしまった。

「何がイヤなの?」と聞いても「いや」しか言わない長男。

「学校を休むなら、家では何もしないでね。テレビを見るのも禁止」

当時のわたしは何とか行ってほしくて、多少の脅しも必要と思って必死だった。

それでも長男は行かなかった。

その日の中間休みに担任の先生が家まで来てくれた。
先生が「二人にさせてください」というので長男と先生だけで話をした。

先生と話して、学校に行ってもいいという気持ちになったようだ。

ただし、
"お母さんが一緒に行ってくれるなら……”
という条件付きだった。

3.周囲の協力

朝一緒に登校して、午前中授業を受けて、昼頃帰り、5時間目終わりに迎えに行くという生活が始まった。

一緒に行くといっても、朝を出る直前になって癇癪を起こし泣き出す。

小1といえど、本人からしたら命を失うかのような必死な抵抗。

毎朝夫と二人がかりで車に乗せ、学校に着いてからは先生方に協力してもらい、無理やり降車させる。
1歳の長女は実家に預かってもらった。

とにかくいろんな人がわたしと長男の同伴生活を支えてくれた。
何よりも学校の先生がとても協力的だったのはありがたかった。

「朝連れ出すのが大変であれば、学校の者が迎えに行きます。どうか一人で頑張らないで周りを頼ってくださいね」

教頭先生からこの言葉を言われたときは涙が出た。


学校では弱気な長男だったが、家に帰ってくるといつもの調子に戻るのが常だった。
というより家に帰るとよりワガママがきつくなる傾向があった。

とくに週末はそれがきつく、これまで出来ていたこともできないと言って、甘えてくることが多くなった。
そして宿題も週末ほどさせることが大変だった。

わたしは、平日は弱気でメソメソしているのに、週末になると強気でワガママになる長男にイライラしていた。

そしてそんな長男のワガママを受け入れる夫に対して、わたしは「甘やかしている」と不満だった。

当時のわたしは「甘やかす」と「甘えさせる」ことを理解していなかった。

4.子育てセミナーに参加

冒頭の子育てセミナーは長男の行き渋りが始まる少し前に参加していた。
当時は宿題をなかなかしてくれないことが主な悩みだったので、あのような発言になった。

その時なんとなくの流れで入会することになり、その後も何度かセミナーに参加していた。

そのセミナーの中で特に強調されていたのが『スキンシップ』の重要性だった。

子どもは親から生きるエネルギー(愛情)をたっぷり受けることによって、学校や保育園でイヤなことがあっても乗り越えられる心の強い子になる、という。

そしてその愛情表現の最たるものが『スキンシップ』である。 

これを聞いたとき、わたしは最近長男にスキンシップをしていなかったことを思い出した。

その日家に帰ってから早速試みたが、態度の悪い長男を前にしてどのようにスキンシップを取ればいいかわからず右往左往。 

スキンシップに苦戦する中で、わたしはあることに気づいた。

それは自分が親にさほどスキンシップされた記憶がなかったということ。

両親は堅実的で真面目な性格。
昭和世代の典型ともいうべき「子は親の背中を見て育つ」という考えを持っている人だった。

わたし自身もそれを理解していたから、親から愛情不足を感じたことはなかった。
それは親の態度を見ていれば伝わってきたからだ。

だから『スキンシップ』と言われても取り方がわからなかったのだ。

セミナーでそのことを相談すると「まずは形からだけでもいいからやってみて。寝る前がお勧めよ」と言われた。

そこから毎日寝る前にやるようになった。

5.知能検査

同伴授業生活が安定してきたころ、担任の先生に呼ばれた。

「児童用の知能検査を受けてみないか」という提案だった。

長男の勉強に対する態度について先生も少し気になるところがあったらしい。 

検査の結果、長男は『全体的な知的能力や記憶処理に関する能力』に凸凹があることがわかった。

これを知ったとき、わたしはショックを受けた。
それは長男の数値が低かったからではない。

わたしは長男の苦しみを理解せずに、これまで一般基準でわが子を見ていたことに気づいたからだ。

小学校に入り、学習が進むにつれ長男は集団のスピードについていけなくなった。

でも本人なりに必死に頑張っていた。
疲れ果てて家に帰るとすぐさま母親に「早く宿題しなさい」と叱咤される。

おまけに母親からは愛情というエネルギーをもらえない状態。

学校に行けなくなるのは当然の流れだった。

6.同伴授業生活の終わり

スキンシップ不足、学習障害があったことを知ってから、長男を見ると彼が荒れているときの心情が痛いほどにわかるようになった。

それからはとにかく長男の気持ちに寄り添うことを意識し、気持ちを尊重するようにした。

 「今日は3時間目で帰ってもいいよ」
 「今日は1時間目で帰ってもいいよ」
 「朝の会が終わったら帰ってもいいよ」

長男から少しずつ、提案されるようになってきた。

そして1年生が終わるころ、一人で授業を受けられるようになった。

それは春からわたしが育児休業から仕事復帰する直前のことだった。

7.これから

現在、長男は小学4年生。
今だに勉強は苦手で、とくに漢字テストは目を当てられないほどの点数を取ってくる。

それでもわたしは気にしない。

知能検査では長男の得意な部分を見つけることもできた。
算数好きで、担任の先生を慕っていて、居残りして勉強をしてくることも増えた。

これから先も勉強はどんどん難しくなる。

 ーあの子は大丈夫ー

そう思えるようになったことが何よりも嬉しい。

今日も長男を”ギューッ”としよう。

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