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『生のみ生のままで』綿矢りさ

25歳、夏。逢衣は恋人の颯と出かけたリゾートで、彼の幼馴染とその彼女・彩夏に出会う。芸能活動しているという彩夏は、美しい顔に不遜な態度で、不躾な視線を寄越すばかり。けれど、4人でいるうちに打ち解け、東京へ帰った後も、逢衣は彼女と親しく付き合うようになる。そんな中、彼との結婚話が出始めた逢衣だったが、ある日突然、彩夏に唇を奪われ──。
女性同士の情熱的な恋を描く長編。

集英社

『インストール』『蹴りたい背中』『ひらいて』。わたしが読んできた綿矢りさの作品の舞台は全て学校だった。もっと言えば高校。これまでの綿矢りさの印象は、「高校生の女の子が抱く"名称のない気持ち"を描くのが上手い作家」だった。

今回読んだ『生のみ生のままで』は上下巻になった長編作品だ。しかも主題は恋愛。今まで読んできた綿矢作品にはなかった、ドが付くストレートな主題である。登場人物たちも、学生から抜け出して大人。だからわたしにとって、かなり新鮮な綿矢りさだった。

二人の出会うところから惹かれ合う過程までが明確に分かる構成がとても良かった。恋に理由などない、と分かっていても、それを言葉にするのが小説だと思う。過程や理由を省く恋愛小説に読む価値はない、と勝手に考えているので、その部分を省かれずにみっちり書いているところが良かった。良かったと言うよりまずは安心した。

同性愛故の苦悩を抱える二人。恋愛の甘々しい場面よりも、性別によって振り回される二人を見るのがとても辛かった。とくに主人公が母親に「彼女」を紹介したいと言ったときに放たれた娘への言葉が忘れられない。

「逆に訊くけど、一時の気の迷いだけで、女の人と付き合えると思う?月日が経ってもこうして一緒にまた住んでるのは、縁がある人だからなんだなと思ってるよ」

「縁がある訳ないでしょ。あんたたちに運命やら縁があるなら、ちゃんと結ばれるように、男女で生まれてきてるはずだよ。その彩夏さんという人があんたと同じ性別で生まれてきたのが、運命も縁もない相手だっていう、何よりの証拠」

下巻 p.202 l.2〜6

二人の歩みを読んできたからこそ、読者のわたしたちも主人公と同じ気持ちになったと思う。この後に続く「あんたのために」「心を鬼にして言ってる」も合わせてしんどい。娘のために言う「愛する人と別れなさい」とは何だろう。

世間や家族に認められない二人の恋愛の終点は、「二人だけが分かっていれば良い」というなんとも美しいものだった。誰かに認められなくては恋できないというわけではない。契約を交わせない二人の浮ついた結婚式は、二人にしか分からないからこそ、小説的な美しさが増したように感じたのかもしれない。

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