ピープル・アナリティクス不要論
Last Updated on 2022/03/11
この記事の筆者であるペンシルバニア大学ウォートンスクールのジョージ W. テイラー記念経営学講座教授・同校人材センター所長 ピーター・キャペリ氏は、人事領域にはそもそもビッグデータは存在しないと主張し、仮に十分なデータが存在していたとしても人事部門で高度な分析を行うことに疑問を投げかけている。
私も完全に同意である。
というのもその通りであろう。
ただただ「ピープル・アナリティクス」を始めてみさえすればちょっと進んだことやってる気分になるよ、という風潮に警笛を鳴らしたい。
大変残念なことに、我が国では「HRテクノロジー」と「ピープル・アナリティクス」がごちゃ混ぜになり、「人事領域におけるテクノロジーの活用の第一歩としてまず手始めに分析みたいなことでもやってみようかしら」というユルフワな感じで安易に始めるケースが多くみられる。しかしその結果一体何が見えたのだろうか。そもそも、何を目標として始めたのだろうか。
確かに、「ハイパフォーマー分析」「ローパフォーマー分析」「退職予測分析」「最適配置分析」などという言葉はよく聞くので、これらの領域においてはそれぞれの企業なりに成果は出しているのかもしれない。しかし、次の点に注目して欲しい。
まず、データが散在しているという問題の前に、「どの特性を見れば優秀な人材を見つけられるか」という点に触れておきたい。ほとんどの日本企業には、「優秀人材」とか「離職しそうな人材」を見極めたり、さらに「適所」を見つけてあげるためにも必須である「特性」に関するデータが存在しないのだ。「特性」に関するデータとは主に次の2つである。
①性格特性、職業適性に関するデータ(「アセスメント」により取得可能)
②ジョブ定義と、それを細分化したスキル特性のデータ(まずはスキル体系の整備が必要)
①については、採用時のスクリーニングを目的としたアセスメントを実施している企業は多いため、それを使いまわしする余地はある。
他方②については本当の意味で皆無といってよい。実はこの②というのは、上記の「データに互換性」を持たせるということにおいても必須要素だ。人材を表現するための、すべての共通言語、共通のものさしとしてスキル・コンピテンシーを地道に定義する必要があるのである。
これらのデータなくして、ピープル・アナリティクスの目的を達成することは可能なのだろうか。そもそも、目的や目標を設定することすら不可能なのではないか。
ここで、「地道に定義」するための、日本企業にも合った現場主導型の手法を紹介しておこう。
次に、データが散在しているという点についてであるが、別々に格納されているデータを1か所(1つのダッシュボード)に集約するのにダッシュボートツール(あるいはライトな分析ツール)が有用である。日本企業において、特にITリテラシーの低い人事部門においては、特段の専門的技術がなくても直観的な操作によってデータの一元化・クレンジング・分析・活用が実現できるパナリットのようなツールを活用すべきだろう。
あるいはもう一つ、現状を把握することに加えて具体的なアクションまで「ナッジ」によって提示する仕組みまで兼ね備えたentomoもおすすめしたい。
上記の部分についてもほぼその通りと思うが、やはりここでもぜひ、前述のようなツールの活用はおすすめしたい。
ところで、大それたタイトルをつけてしまってはいるが、私も「人事領域でのデータ活用は不要だ」と主張したいわけではない。大げさな分析、高度な手法を駆使しなければならないピープル・アナリティクスは「当面は」不要だと述べているのである。
ダッシュボートツール(あるいはライトな分析ツール)を手軽に活用して、これまで同時に見たことがなかった(とはいえ別々には何度も見ていてなじみがある)グラフや図表を1つのダッシュボート上に集約させて上下左右に並べて見るだけで十分すぎるくらいのインサイト(気づき)が得られるのである。
という点も、おそらくその通りであろう。
自分たちの頭の中ではなんとなくそうだろうなと思ってきたことをあえてデータによって証明すること自体の意義はそれなりにあるとは思う。しかし、「深くて斬新な洞察が得られると期待するのは見当違いだ」ということには深く頷くしかない。費用対効果を考えなければならない。
という点も忘れてはならない。個人情報保護やプライバシー保護、差別の助長防止の観点だ。
この点につき懸念がある読者は、ぜひHRテクノロジー・コンソーシアムが主導する「人事データ活用ガイドライン策定」の取り組みに注目して頂きたい。
ところで、我が国の「ピープルアナリティクス先駆者」の方々の罪は非常に重いと私は見ている。
「先駆者」のほとんどは、いわゆる人事コンサルティングファームに所属する人事コンサルタントだ。大学教授もいるだろう。彼らに影響され、触発された企業人事サイドの中にも「先駆者」は存在するかもしれない。いずれにしても優秀な人たちである。それゆえ、上記に述べたような各論点についてもとっくに気づいていたはずである。優秀で、かつ影響力を持った者は、他に先んじて正しいことを実行しそれを世の中に伝える責務を負っている。
それを怠り、誤った風潮を蔓延させた罪は非常に重い。
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