「声なき声」を地道に集め、自分なりの視点も加えて整理した。
もともとの「ピープル・アナリティクス不要論」には大きな反響があり、多くの有識者の方々から様々な意見を頂くことが出来たため、「続編」としてまとめた。
企業人事サイド(CHRO)からのコメント
「まずはしっかりと人事の体制を作り、ローテクでもよいのできちんとタレマネ(どんな社員がいるのかしっかり把握する)ができる状態を作るのが先決である。」ということこそ、私も皆様に訴えかけたいポイントである。
テクノロジーというのはそのあとの話なのだ。
とはいえ、すべての(HRテクノロジーの)領域で先送りしすぎるのもリスクがあるといえ、ROI的に見合った、始めやすいところから実験を開始する、ということになるのだろう。
「スピードを持って必要な切り口から大量のデータから洞察」を得るというのは、きっと誰もがやりたいことであろう。
ただ、人の能力のほうが追い付いていないためこれまで言われていたような「ピープル・アナリティクス」では現実的に難しいと思われる。
そこで、おそらく解決策は2つ。
①大げさなことはやらずに、ダッシュボートツールによる可視化でそれなりのインサイトを得る。
②テクノロジーの力を借りて、誰でもそれなりの分析が出来るようにする。
①は、データを集めたり綺麗にするところの課題は付いて回る。
②も同様のことは言えるが、データ収集とクレンジング自体もテクノロジーの力を借りることが可能である。②の課題は、「では、そんなに都合の良いソリューションがあるのか?」ということであろう。
数年前まで我が国でも、「人事データが格納されたExcelシートを読み込ませるだけで相関関係分析等の簡単な分析がワンクリックで可能」という触れ込みのIBM Watson Talent Insightsというソリューションが展開されていた。
そして、データの取り込みと加工についてはDatawatch Monarchを上記のソリューションと組み合わせることでかなり簡略化することは出来た。
それでもやはり、「必要なデータ」が存在していなければ「収集・加工」に値するデータもないということになり、結局は分析結果から得られるインサイトも大して中身のないものになってしまうのである。
企業人事サイド(人事担当者、HRテクノロジー/ピープルアナリティクス担当者)からのコメント
私自身も、「ピープル・アナリティクス」という言葉の定義をしっかりと出来ているわけではないが。。。。ただ、イメージとしては、専門的な知識がないと出来ず、コンサルに頼らないと出来ないくらいの高度で本格的な分析、ということになろうか。
実際のところは私も、「人事系のデータ分析」そのものは必要だと考えている。(「統計解析」となると、私のイメージとしては十分に高度な分析の類に入ってしまうが。)
分析の高度さを求めるよりも、必要なデータをしっかりと揃えていくほうが早道で費用対効果も高いと考える。その観点からは、「スキルのデータがなくても分析できることはたくさんある」のも確かであろうが、「その先」をやろうとすると「スキル」や「特性」のデータが必要になること明らかである。そのことに後で気づくと、結果的に「手戻り」が多く発生することになるのである。
これは確かにごもっともである。コンサル等のプロに頼らずに事業会社の人事内で試行錯誤してやるなら、「やっぱりやってみてから気づくよね」で良いだろう。
しかしながら、しっかりと人事コンサル的な「プロ」が関与しているにも関わらず(というよりも、「だからこそ」なのかもしれないが)いきなり「高度な分析 ≒ ピープルアナリティクス」やらせようとしたりするケースをが散見されるため、警笛を鳴らすために「ピープル・アナリティクス不要論」を公開した次第である。
このような「声なき声」は実は色々なところに埋もれていて、にも関わらず成果を強調したい人たちの声にかき消されて表に出てきていないのだろうと推察する。
確かに、初めの期待値設定次第、ということであろう。
また、「あくまでも人間が判断を行うサポート資料とする」といったスタンスが健全であろう。
データの種類(質と密度)が充実してきて、はじめて本来のピープル・アナリティクスの取り組みを始めることが出来る、始める意味がある、ということであろう。
どの企業も圧倒的に足りていない情報が
・ジョブ定義の情報
・スキルコンピテンシーの情報
・性格、特性情報
である。これらを愚直に揃えていくことを始めるだけでも、「不安」はだいぶ解消されるはずである。何をやるにしても、これらの情報を切り口として深掘り分析していくこと必至だからだ。
人事コンサルサイドからのコメント
将来的には必要となっていくが、今の状況では「不急」と言わざるを得ない。現時点では不要という意味の「不要論」である。
まずは簡単は可視化(ビジュアライゼーション)から入ってデータから「インサイト」を得ることの有用性に気づくこと。そこから良い意味の「欲」が出てきてどのようなデータを拡充すべきかが見えてくる。そのあとにデータ拡充、整備の作業が入り、少なくとも本格的な分析(ピープル・アナリティクス)はそのあとである。
そして以下は、FacebookグループHRC / Human Resource Communityにおける2020年5月9日17:00の私の投稿に対して、「HRテクノロジーで人事が変わる」の共著者でもある酒井雄平さんから頂いたコメント(とそれに対する私の返信という一連のやり取り)を本旨は損なわない形で一部抜粋、改変し、引用したものである。
「①職種・等級別の人材要件定義」すらもきちんと出来ていない企業のほうが圧倒的に多いはずだ。
「スキル以外にも性格・過去の経験・異動先上司との相性・様々な身上情報などを考慮する」ということであるが、果たしてそれらの「暗黙知」寄りの情報をそこまで重視して良いのか、という問題もあるのではないか。
「スキル情報の蓄積には評価者の工数を要するので協力を得る大義名分が必要だ」という点についての解決策として、私は「セルフジョブ定義」を提唱している。すなわち、現場のメンバー自身が、自らのキャリアビルディングのためにスキルの棚卸しをする。その結果としての自らのジョブ定義を行うということだ。他方で、「大義名分」というのも確実に存在する。それは、「スキル情報が蓄積されていないとworkdayやSuccessFactorsのような人事ソリューションの大半の機能が使い物にならない」ということだ。
「情報陳腐化」のリスクも、この「セルフジョブ定義」方式で収集された情報を1on1のネタとしていくことで高頻度でブラッシュアップ可能となり、ほぼ解決される。
「スキル情報だけでなく、適性・業務経験・プロジェクト経験情報とセットで扱う」という点についてであるが、昨今はこれらすべて含んで「広義のスキル」として扱われる。
最後に、「浸透サイクルの先にスキルを軸としたピープルアナリティクスが確立する」という表現についてであるが、人事領域においてスキルを軸としない分析を行ったところでほとんど意味をなさない、というのが私の持論である。したがって、スキルの情報がない状態ではそもそも「ピープル・アナリティクス」は成立しえない、と理解すべきであろう。
※なお、元々の酒井さんとのやり取りにおいて、酒井さんのコメントとして「日本企業の多くは、相応の歴史・検討経緯があって現在の『役割型』的運用をしているのである。」という点が含まれていた。ただ単に無策であり、上記のようなことに何もチャレンジしてこなかったわけではない、ということであろう。その先人の知恵も活かしつつ、「役割型」を軸としつつも少し「ジョブ型」に寄せてみる、あるいは「ジョブ型」への移行を目指しながらも「役割型」の良い点は残す、といったあたりが落としどころなのだろう。
この点についてはこちらの記事も併せて一読いただきたい。
人事ソリューションのベンダーサイドからのコメント
人事領域におけるデータ分析は、何か特殊な技能や知見を持ったような限られた人たちだけのもの、であってはならない。幸いにして最近のSaaS系人事ソリューションには、誰でも簡単に使える「分析・ダッシュボード機能」が備わっているものが多い。(自前で用意しているケースもあれば、汎用的な BI ツールを組み込んでいるケースもある。)
まずはここから何らかのインサイトを得て、そこから段々と「欲」が出てきて「足りないデータが何なのか」が見えてくる、という自然の流れに任せても良い。
ただ、性格・特性情報、スキル・コンピテンシーの情報が絶対的に必要であることに、ある時点で必ず気づくはずだ。それが初めから分かっているのであれば、かなり手前の段階からそれらの情報、データを優先的に拡充させていくという発想を持っても良いのではないか。
性格・特性情報の充実のためには各種アセスメントの活用を、スキル・コンピテンシー情報の充実のためにはLMS(ラーニング・マネジメント・システム)の活用をお勧めする。(※タレントマネジメントシステムからではない、という点がポイントである。)
★今後も、「ピープル・アナリティクス不要論」に対するご意見を頂くたびにこちらの記事に反映させていきます。