「人的資本開示」の先行事例 ①オムロン株式会社 (2023.01.20 Updated)
金融庁が2021年12月21日 に、
「サステナビリティ情報」(2)「経営・人的資本・多様性等」の開示例(好事例集)(以降、「好事例集」とする)
をリリースした。
ここに紹介されている情報を参考に、我が国における「人的資本開示」の先行事例として様々な企業のサステイナビリティレポートや統合報告書の内容(そのうち、人的資本への投資、人材マネジメント、働き方に関する開示部分)を順次紹介していく。また、紹介するのみならず、独自の視点での評価・コメントも試みたい。
今回は、オムロン株式会社の有価証券報告書(2021年3月期)を取り上げる。
(※2023.01.20 Updated 有価証券報告書(2022年3月期)においてどのような変化・進展があったかを追記。)
「好事例集」においては、まず評価すべきポイントの1つ目として、「人権の尊重と労働慣行という社会的課題に対し、構築した人権デューデリジェンスのプロセスに関する取組みを記載」していることが挙げられている。これについては、当該有価証券報告書(2021年3月期)のp.19に記載がある。p.19というのは、
1【経営方針、経営環境及び対処すべき課題等】
(2) 長期ビジョン「Value Generation 2020」の総括
②サステナビリティ重要課題に対する取組みによる非財務価値向上
・ステークホルダーの期待に応える課題への取組み
といった項目立ての中で、「人財マネジメントにおいて、人権の尊重と労働慣行という社会的課題に対して、人権デューデリジェンスのプロセスを構築しました。」という説明から始まっている。その続きの、「好事例集」で評価ポイントとなっている箇所を引用しておこう。
「自社従業員に加え、派遣会社・委託先の従業員に対しても」と対象範囲を広げて、「当社グループで働くすべての人たちの人権が尊重されたよりよい職場環境を実現」という点が、同社の「インクルージョン」施策に対する意気込みが感じられて非常に好印象である。
また、評価すべきポイントの2つ目として、「サステナビリティに関する指標として会社が独自に設定した『海外重要ポジションに占める現地化比率』、『女性管理職比率』等の目標と実績を記載」していることが挙げられている。これについては、先ほどの続きとして当該有価証券報告書のp.20に記載がある。「好事例集」で評価ポイントとなっている箇所を引用しておこう。
まず、「女性若手社員のキャリア開発意欲が高まりつつある」という点については、可能であればその高まり度合いを示すエビデンスデータの提示をしてほしい。例えば、社内のアンケート調査の結果でも良いし、従業員エンゲージメントサーベイの中の関連項目についての結果の開示でも良い。
次に、「(女性管理職の)中長期的な候補者母集団の形成」が課題として挙げられているが、もっと具体的に、原因としては何が考えられて、どのようにしてその課題を解決していこうとしているのかについての施策を明記してほしい。推測するに、「後継者計画」の仕組みが整っていないのではないか。「後継者計画」というのは「タレントマネジメントの真髄」であるが、これを行うためにはまず管理職ポジションについてスキル・コンピテンシーベースで詳細な要件定義を行い、それと同じモノサシで人材側の保有スキルの洗い出しを行なっておかなければならない。そのためには、「本格的なタレントマネジメントシステム」の導入が不可欠である。同社において、もし既にそれが導入済みなのであればそのシステムを具体的にどのように活用していく計画となっているのかを記載すれば良いし、導入が未だなのであれば、どのような方針でシステムを選定中なのかを記載すれば良い。
ところで、「チャレンジし続ける風土を醸成」という目標に対して、「共感・共鳴の輪の拡がりが確実に加速」という実績を掲げている点、非常に好印象である。失敗を恐れずに新たな挑戦をした者が讃えられ、その結果例え失敗したとしても「Good Loser賞」のようなものが与えられて賞賛されるような仕組みなのではないか、と容易に想像もできる。せっかくなので、この取り組みへの参加率やエントリー数が上がるにつれて従業員エンゲージメントやエンプロイーエクスペリエンスの状態も向上している、といったことを示すデータを取得して開示すべきだ。
他方で、「社員向けエンゲージメントサーベイ実施によるPDCA加速」を目標として、「回答率 : 90%」という結果をもって「社員の声を聴いて改善するサイクルが定着」という実績としている点については、稚拙な印象を否めない。回答率が高ければ良いわけではない。重要なのは、その回答の中身(内容)だ。さらにいえば、回答内容を吟味するだけではまだ足りず、そこからどのようなインサイトを得て、具体的な改善に向けたアクションにいかにして繋げるかが肝心なのだ。ここまで実現して初めて、「(PDCA)サイクルが定着」といえるのである。
(※2023.01.20 Updated 2021年度の実績として、「社員向けエンゲージメントサーベイ実施によるPDCA加速:230件の改善計画立案」といったアクションプランの策定に確実に繋げている。)
続いて「ダイバーシティ&インクルージョン」についてであるが、女性管理職の比率については目標に対して未達である。未達であることは如何ともし難い事実であるとして、今後はどのようにしてこの状態を改善していく予定なのか。そもそもの目標値8%も低すぎるともいえるため、余程踏み込んだ施策についての言及がないと印象が悪い。
(※2023.01.20 Updated 2021年度には、女性管理職比率:8%(グループ国内)を達成している。)
この辺り、今後の「人的資本開示」で求められるのは相当程度に高い水準での「ナラティブな説明」である。逆転の発想で、ここをうまく工夫できれば「汚点」をチャンス(取り組み姿勢のアピール)に変えることができる。障がい者雇用率の実績については、「最低基準はクリアした」という印象にとどまる。
さて、「ダイバーシティ&インクルージョン」について致命的なのは、「デモグラフィックダイバーシティ」に偏り過ぎという点である。ダイバーシティ促進の大目的はイノベーションの加速であり、さらにそれを通じた業績向上も期待できる。しかしながら、イノベーションを加速するのは「Intellectual Diversity (Cognitive Diversity)」であり、残念ながら「デモグラフィックダイバーシティ」はあまりそこに寄与しないことがわかっている。そして、「Intellectual Diversity (Cognitive Diversity)」の促進のためには「スキルの可視化」が不可欠であることは言うまでもない。
「従業員の健康」については、「心身の健康状態」との記載がある通り、「狭義の健康」関連施策に留まっている感が否めない。ウェルネス・ウェエルビーイング施策として4段階あるうちの、未だLevel 1からLevel 2に到達しようとしている段階に思える。なるべく早く「真のウェルビーイング施策」(Level 3)の段階に到達すべきであり、そのためにどのようなロードマップを描いているのか、ここも「ナラティブな説明」が求められる。ちなみに、「真のウェルビーイング施策」(Level 3)のためには「スキルの可視化」を行なって個人起点のキャリア支援を行うことが不可欠とされている。
最後に、「労働安全衛生」については、「企業として必要最低限のことはやっている」という印象であり、何も「加点事由」にはならないだろう。
以上、全体を通じて「辛口なコメント」が多いという印象を持たれたかもしれないが、裏を返せば、親身になって日本企業の「人的資本開示」の支援を行なっていると自負している。
それが、株式会社SP総研の「『人的資本開示』対応コンサルティングサービス」である。
コンサルティングファームを始めすでに各社同様のサービスを展開していると思われるが、当社のサービスの特徴としては(おそらく日本で唯一)「スキルの可視化」の支援まで行なっていることを挙げることができる。
仮に他社でも同様のサービスを行なっていたとしても、そのための手法として「セルフジョブ定義」を用いている点も加味すれば、「日本で唯一のサービス」といえる。
現場主導型の、日本企業にもマッチしやすい手法を用いながら、無理のない「人的資本開示」を目指して支援している。