ドット絵ファンアート『しろくまちゃんのほっとけーき』
先日、ひさしぶりにホットケーキを食べたんですよ。おいしかった! これは描かねばなるま~いと使命感を覚えましたので、今日はドット絵で「ホットケーキ」を描くことにしますよ。
でも、食べてしまったので資料がないのが困りもの。新たに用意してもいいのですが、おいしいホットケーキにはなぜか"すぐに消えてなくなってしまう恐ろしい呪い"がかかっています! だから資料としては役に立ちません。こまった、こまった。
そこで今回は、ご長寿・定番絵本の名作「こぐまちゃん」シリーズの一作『しろくまちゃんのほっとけーき』(わかやま けん/こぐま社)を参考にしたいと思います。
この作品に登場する"ほっとけーき"は、めちゃくちゃ美味しそうに描かれており、子どものころにひと目見たあのときから忘れられずにいます。たいていの食べ物は絵に描くより写真に撮った方が美味しそうに見えるものですが、この「ほっとけーき」は絵が上! 絵本の世界に飛び込みたいと思ったのは、あれが初めてだったと思います。
そういえば何年か前、当時総理大臣だったけど1年で辞めた自称庶民派の菅義偉さんが、ホテルニューオータニのカフェレストラン「SATSUKI」の高級パンケーキ(約3000円)をよく食べると言って非難されていましたが、ホットケーキと言え……じゃなくて、じゃなくて! しろくまちゃんのほっとけーきの方が絶対美味しいですから、ぜひ異世界転生して食べに行ってほしいなと思います!
さて、ぼくは現世でドット絵で描いて心の胃袋を満たすことにしますかね。さっそくいきましょう。
原作を読み取る
今回は全体のバランスを重視して描いていきます。いつもなら重要な部分から描いて、あとは周囲をどうにかこうにか都合をあわせて済ませるのですが、ちょうど今話題になっているように原作がある場合はあまり勝手なことはできません。いくらファンアートと言ってもです。
まずは、完成したほっとけーきを納めることを想定して32x32ドットのキャンバスを用意するところから始めます。
手順①では、そこにフライパンの円形部分を描き、そのなかにほっとけーきの生地を敷きます。なおフライパンは焼くための道具なので、あとでお皿に変わります。
フライパンの手をつけるため、手順②ではキャンバスの幅を1.5倍に広げています。
ところで、このサイズのドット絵で境界線の黒線をすべて活かすのはなかなかタイヘンでした。原作は手で描かれたものですから、例えばフライパンの上縁のラインをそのままフライパン外側の輪郭線につなげて、全体を"大きな円"として描いているように、線の"軌跡"に特徴があるのです。
子ども向けの作品で人気を得るには「子どもでも真似できる」という条件を満たす必要があると言われています。このフライパンからは、引くべき線の数が少なくなることで単純化され、リアルな立体感にこだわらず手軽に描けるようになっていることがわかります。
「手で描くなら」ですけどね!
ドット絵はドット絵向きの角度の線ではないとキレイに描けません。オリジナル作品を描く場合は"ドット絵向きの構図"にするのが望ましいですのですが、今回は原作がありますからね。原作の良さを殺すわけにはいかないので、難易度が急上昇したというわけです。
子どもが手で描くなら簡単にできているものを、おじさんがデジタルで苦労して真似ているのはなんだか滑稽ですが、がんばるしかありません。
続けます!
ドット絵らしさ補正
とはいえ。ドット絵で描く以上はドット絵としての完成度を上げる必要がありますし、逆に「原作準拠だから~」といって無理矢理ドット絵化だけして「おしまい」にするのは原作に対しても失礼です。
いいわけはいいわけ、です!
そこで次は、ドット絵らしさを出すための補正作業を行なっていきます。
手順③では、ほっとけーきを主役として強調するため、フライパン上の生地を広げると同時にフライパンを少しだけコンパクトに縮めています。また、線をキレイにしつつ、生地以外の部分の空白は少なくして全体をぴちっと"ひきしめ"ました。
ただし、前述したように線の軌跡には原作独自の「らしさ」があるので、それは可能な限り維持しています。一方結果的にフライパンが浅くなっているのですが、そういった形式的なリアリティは優先しなくていいものと判断しました。
さらに手順④では、境界線を黒から各面の色を暗くした色に変えます。
いくら原作が黒線で描かれているといっても、あくまで"細い"黒線です。一方、小さなドット絵に1ドット幅の黒線を引くと「とても太い」ことになってしまい、かなり"圧"が強くなります。ドットとしては1ドットより細くはできないので、色を「ふんわり」させて圧を下げようというわけです。
さて。ドット絵「ぱんけーき」の基礎はこれでよさそうです。あとは、しっかり"焼いて"いきますよ!
焼けたかな?
焼けました!
色がつくまでしっかり焼けたら、あとはお皿に移しましょう。
最後に、面と面の境界に新しい色を配置して「ふっくら」させれば、ドット絵「ほっとけーき」のできあがり。
え、1枚じゃ足りないですって?
表紙絵にあわせて8枚重ねにしてみましたが、ううむ、直線的につながりすぎてなんだか機械的ですね。
ドット絵はこのように「そろってしまう」のが逆に問題になる場合がありますから、もうちょっと"ゆらぎ"をつけてみましょう。
そんなわけで、各"階"の焼き目も見せつつ、左にずらしたり、右にずらしたりして絵としての柔らかさを出してみました。ついでに、2枚増量してあります。ついでです。
あとはママとしろくまちゃんのエプロンにあわせて背景も塗り替えて。
ようやくドット絵『しろくまちゃんのほっとけーき』の完成です!
なお『しろくまちゃんのほっとけーき』は1972年に描かれた作品で、今回、思い出して調べるまでまだ現役だとは知りませんでした。でも、こうして筆の流れを追うように細部をよくよく見てみると、50年以上も長く愛され続ける"秘訣"が少しわかったような気がします。この感覚は『ひまわり』のとき以上です。
昨今、原作がある作品が他の媒体で展開されるときに厳しく原作に準拠することが求められることがありますが、こうして自分でやってみるとなかなか難しいものだとわかります。
残念ながら作者・わかやまけんさんは2015年に亡くなっていますから、どんな意志をもって本作を描いたかをご本人に訊ねることはもうできません。でも、その筆跡をたどると、作品を楽しむ子どもたちのことを考えていたことをなんとなく察することができるのです。
いまどきは過剰に「作者の意志を無視するな」とか「対話しろ」とまで言われるのですが、作者との対話が必要なら、作者が存命でない場合はどうしたらよいのでしょう? 本当に大切なのは"作者が読者に向けた気持ち"を丁寧に読み取り、同じ気持ちで読者を思いやることではないでしょうか。
こぐまちゃんシリーズをはじめとした名作は皆、読者や視聴者、観衆の気持ちを最大限に考えて生み出され、その結果として"人の生"をも超えて愛され続けます。そうした想いを知り、少しでもマネして長く愛される作品を作れるようになれば……
「すぐ消えてしまう呪い」にも打ち勝つことができるかもしれませんね。
(おしまい)