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レビュー 『表参道のセレブ犬とカバーニャ要塞の野良犬』若林正恭
ただの旅行本ではありません。
まずはこの本文を読んでみてください。
「キューバに行ったのではなく、東京に色を与えに行ったのか。だけど、この街はまたすぐ灰色になる。」
キューバで人や文化に触れていくなかで、日本との埋めようのない差を感じ、著者が何を嫌い、何を必要としていたかに気づいていく過程に引き込まれます。
一緒に旅をしてる気分になれ、旅の醍醐味を味わうことができ、旅行が好きな方には特におすすめの本。
本書では「新自由主義」というキーワードがでてきますが、著者が抱えている疑問や不安は、現代の東京で暮らす人々も強く共感できるでしょう。
冒頭で著者は語ります。
2014年2月初頭、スーパーボウルのロケでぼくはニューヨークにいた。生まれて初めてのニューヨークだった。ニューヨークのタイムズスクエア、ブロードウェイ、ウォー ル街を歩いた。タイムズスクエア周辺には、日本では見ないようなド派手な広告モニター がひしめいていた。
広告からは、
「夢を叶えましょう!」
「常にチャレンジしましょう!」
「やりがいのある仕事をしましょう!」
と、絶え間なく耳元で言われているような気がした。もしも「無理したくないんだよね……」などと言おうものなら、目の前で両手を広げられて「Why?」と言われそうだ。
ニューヨークはどこに行っても金とアドレナリンの匂いがした。
この中で「金とアドレナリンの匂い」という表現が好きで、無理をしなければ生きていくことができない状態を示し、その異常性をあらわにしました。
そして、冒頭からすでに「広告に急かされている人生は正常とよべるのだろうか?」、という問題提起がなされています。
資本主義社会にどっぷりと浸っている私たちの日常をちがった方向からながめるため、著者が選んだ方法はキューバへの旅行。
なぜキューバへ行くのかと、いうのは本書でも大きなテーマにもなっており、新自由主義の象徴である東京と、社会主義の国キューバの比較によって、東京で著者がかかえる違和感をあらわにしていきます。
人気が出てお金に困らなくなってみると、本当の自分ではない気がし、まわりの皆が競争相手で、勝っても負けても落ち着かない。
そんな切迫感を感じる新自由主義には支配されたくはない、という著者がキューバで見たものは、東京とはまったく違う景色でした。
建物もクルマも古く、配給が乏しくて商品が少ない、でも毎夜、ハバナの海岸通りに人々は話をするために集まってきて、ラストを次のように結んでいます。
「この目で見たかったのは競争相手ではない人間同士が話している時の表情だったかもしれない。ぼくが求めていたのは血の通った関係だった」
そして、
「明日死ぬとしたら、生き方が変わるのですか? あなたの今の生き方はどれくらい生きるつもりの生き方なんですか?」
というゲバラの言葉を媒体に、
「ぼくはきっと命を『延ばしている』人間の目をしていて、彼らは命を『使っている』目をしていた」
という言葉にハッとさせられます。
本書は椎名誠さんに「新しい旅文学の誕生」と絶賛された名作紀行文で、ベストセラーになりました。
写真が多く、行間が広いのでスラスラと読め、文庫本ではキューバだけではなく、モンゴルとアイスランドの旅行記もついています。
芸人として多忙を極める著者が、一人でキューバを訪れ、そこに生きる人々との交流が描かれています。
脱力した著者の生き方と、キューバの空気感が非常にマッチしており、読んでいると湧き上がってくる清々しさ。
キューバの美しい情景の描写にくわえ、若林さんの高揚感も伝わり、旅の空気感を感じさせる文章。
軽快な文章と、ところどころ笑いの要素が入っており、最後までスラスラと読むことができました。
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