夜行 - 森見登美彦が紡ぐ幻想と現実の境界線

【9月の #書庫らでん 推薦図書】

📙岡本 健 、山野 弘樹、 吉川 慧ほか『VTuber学』
📗金子 信久『日本の動物絵画史』
📕森見登美彦 『夜行』#書庫らでん とは…？
毎月3冊推薦図書を紹介し、みんなで感想を共有する企画です。いいなと思った感想は配信で紹介させていただく可能性があります。 pic.twitter.com/NTWy61Phcb

— 儒烏風亭らでん🐚ReGLOSS (@juufuuteiraden) September 7, 2024

時間のない人向け：本記事の内容を要約

森見登美彦の「夜行」は、現実と幻想の境界を曖昧にする魅惑的な小説です。「夜行」と「曙光」という二つの世界を通じて、パラレルワールドの概念を探求しています。不気味さと魅力が共存する独特の雰囲気が、読者の心に深い印象を残します。記憶と時間の概念を独自の視点で描き、現代社会における現実認識の問題を提起しています。多層的な解釈が可能な作品で、読者それぞれが独自の「夜行」世界を構築できる奥深さがあります。

はじめに

森見登美彦の小説「夜行」は、読者を不思議な世界へと誘う魅惑的な作品です。この物語は、現実と幻想の境界線を巧みに曖昧にし、読者の心に深い余韻を残します。

物語の構造と主要テーマ

「夜行」は、10年前に失踪した長谷川さんをめぐる物語から始まります。英会話スクールの仲間たちが再会し、鞍馬の火祭りに向かう道中で、それぞれが経験した不思議な出来事を語り合います。これらの話には共通して、岸田道生という画家の「夜行」という連作銅版画が登場します。

物語の核心にあるのは、「夜行」と「曙光」という二つの世界の存在です。これらは表裏一体の関係にあり、パラレルワールドを示唆しています。この設定は、ユング心理学における「集合的無意識」の概念を想起させます。私たちの意識の奥底に潜む普遍的なイメージや経験が、物語の中で具現化されているようです。

不気味さと魅力の共存

多くの読者が指摘しているように、「夜行」には独特の不気味さがあります。しかし、その不気味さは単なる恐怖ではなく、どこか懐かしさや魅力を伴っています。これは、フロイトの「不気味なもの（Unheimlich）」の概念に通じるものがあります。馴染みのあるものが突如として異質なものとして現れる感覚は、読者の心に深い印象を残します。

森見登美彦は、この不気味さと魅力の共存を巧みに描き出しています。例えば、夜の情景描写は美しくも不安を感じさせるものです。「世界はつねに夜なのよ」というフレーズは、宇宙の闇の中にある地球の姿を想起させ、私たちの存在の儚さを感じさせます。

現実と幻想の交錯

「夜行」の魅力の一つは、現実と幻想が絶妙に交錯する点にあります。読者は、どこまでが現実で、どこからが幻想なのか、判断に迷います。これは、現代社会における現実認識の曖昧さを反映しているようにも思えます。

デジタル技術の発達により、現実と仮想の境界線が曖昧になっている現代。「夜行」は、そんな時代における人間の存在や認識のあり方を問いかけているようです。ボードリヤールの「シミュラークルとシミュレーション」の概念を思い起こさせる側面もあります。

記憶と時間の探求

物語の中で、登場人物たちは過去の記憶を辿り、不思議な体験を語ります。これは、プルーストの「失われた時を求めて」を想起させます。記憶の中に潜む真実と、それを現在に引き寄せようとする試みが、物語の重要な要素となっています。

また、時間の概念も独特です。「ただ一度きりの朝」という表現は、一瞬の永遠性を示唆しています。これは、ベルクソンの「持続」の概念にも通じるものがあります。私たちの内的な時間感覚と、客観的な時間の流れの乖離が、巧みに描かれています。

まとめ：多層的な解釈の可能性

「夜行」は、一度読んだだけでは全てを理解することが難しい作品です。しかし、その難解さこそが、この小説の魅力でもあります。読者それぞれが、自身の経験や解釈を通して、独自の「夜行」世界を構築することができるのです。

森見登美彦は、この作品を通じて、私たちの認識や存在の曖昧さ、記憶の不確かさ、そして日常に潜む不思議さを描き出しています。「夜行」は、単なるファンタジーや怪談ではなく、私たちの現実認識や存在のあり方を問い直す哲学的な側面も持ち合わせています。

読了後に残る不思議な余韻は、私たちの日常に潜む謎や不可思議さを改めて意識させてくれます。「夜行」は、現代社会に生きる私たちに、新たな視点と深い洞察を提供してくれる、極めて示唆に富んだ作品だと言えるでしょう。

夜行