低刺激な生活
この間、内向的な人が
内向的な生き方を貫いてそのために
お金を稼いで静かに暮らしていく本を途中まで読みました。
なるほどなーうんうんって読みました。
続きは読むかまだ分かりません。
外向的な人が
目標をかかげて、達成して
海外旅行に行ったり、美味しいものを食べたり
それが成功のデフォルトみたいになってる。
外交的な人が内向的なひとを振り回していることも多い。
上手く話せる外交的な人になるように
求められている感じがした。
わたしは
質素で、素朴で静かな日常で
小さな出来事に笑ったり
季節や天気に感動する。
低刺激の人生に充実を感じる。
化粧品もシンプルでいいし
冷房も弱冷房だし
文房具の色も蛍光ペンとか使えない。
肌触りのいい くたくたの服を求めてる。
テレビも25年間ない。
匂いも敏感なので、無臭がすき。
だからこそ、偶然お花の香りがわたしに届いたとき感動する
何にも縛られたくないので
人と群れたくないし
寝るときは、服すら着たくない。
タオル地の布団にくるまって
「気持ちいい!」って
わたし生きてるぜーって思いながら
死んだように寝る。
わたしからすれば多くの人は刺激にマヒしているように見える。
大きな音や、きつい匂いや
流行りに乗った物を身に着け
ブランド品が美と錯覚している。
言葉もハッキリ言わないと伝わらないとか。
低刺激な生き方は
感性が鋭いまま生きれる。
美しい技術に感動したり
それがたまたまブランド品だったりはあるけど
ブランド品だからいいとは思わない。
静かに生きたいと常に思う。
誰かと生きるなら
静かな人と共に生きたい。
わたしは、静かにしたい時に
ハイテンションで駆け寄ってくる
室内犬が苦手。
よくしゃべる人は室内犬みたいで、「ゔ」ってなる。
これが、わたしの基礎的なリズム。
なのに、実際はかなり刺激量が多い人生で波瀾万丈なのですが。
感性が鋭い人に
刺激的な人生は酷です。
自分を守るために
「自分」という理解者が必要だと思います。
静かに
ほのかに
さわやかに
豊富な感性で生きると
瞳が光る感じがします。
人は感動したり
悩みが解決したり
出来事が腑に落ちた瞬間
一瞬で瞳が光ります。
わたしは、人の瞳が光る瞬間を
何百回と見てきました。
年齢は関係ありません。
どうやってそれを見たのかというと
それは、わたしが感動した出来事を
言葉を使って分けてあげると
相手も体験しなくても響きはじめ
光はじめます。
その光りが瞳だけでなく、
正しく血が通い、その人自体が光りを放つときもあります。
世の中に刺激的なものが多いのは
光りを放ちたいという
潜在意識の願望からなんだと思う。
でも、刺激的なところにはそれは無く
静かなところに
本当の光があると思います。
感動をオートリバースで
脳内リピート再生していると
ずーっと光ることができます。