養生訓 巻第八 灸 鳳凰堂流解釈⑩
原文を現代文に改変
阿是穴(あぜのけつ)は、身の中いずれの處にても灸穴にかかわらず、おして見るにつよく痛む所あり。是其灸すべき穴なり。
是を阿是の穴と云。
人の居る處の地によりて、深山幽谷の内、山嵐の瘴気、或いは海邊陰濕ふかき處ありて、地氣にあてられ病おこり、もしは死にいたる。
或いは疫病温瘧流行する時、かねて此穴を數壮灸して寒濕をふせぎ、時氣に感ずべからず。
灸瘡たえざる程に、時々少しずつ灸すれば外邪おかさず。
但禁灸の穴をばさくべし。一處に多く灸すべからず。
鳳凰堂流意訳
阿是穴(あぜけつ)は、身体の中のどの場所であっても灸穴であるかどうかに関わらず、押してみると強く痛む所にある。
これは灸すべき経穴である。
これを阿是の穴と言う。
人の住む場所の特徴によって、深山幽谷の中、山嵐の瘴気、或いは海辺で湿気の濃い場所等、地氣にあてられて病がおこり、もしくは死にいたる。
或いは疫病温瘧が流行する時、この穴を数壮灸して寒湿をふせぎ、その時々に流れる邪気に感応しないようにする。
灸瘡が絶えないように、時々少しずつ灸すれば外邪におかされない。
但し禁灸の穴は避けること。さまた一カ所ばかりに多く灸してはいけない。
鳳凰堂流解釈
前項同様、養生の為の灸であれば尚更、灸瘡はできるだけ作らない方が良い。
養生は貝原益軒も書いているように、衣服、食、体操・呼吸法(導引)等色々あり、全てを組み合わせながら行えば、灸瘡を作るほど灸をしなくてもバランスはとれていきます。
治療家も治療の事ばかり考えると、ついつい本人が持つ自然治癒力を疎かにしがちですが、この点は最も重要で身体と思考を照らし合わせながら、外からの力は最小限にすべきだと鳳凰堂は考えています。
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