私たちはどこにだって行ける。だから、この場所を守りたい。|CQ×TRAPOL 「サステナブルを考える3泊4日の沖縄 伊是名島&伊平屋島ツアー」体験記
「いやいや、待ってくれ、地球ってこんなに美しかったの…?」
気が遠くなるほどに美しい海に、両手を広げてぷかぷかと浮かびながら、私はそんな地球人1年目みたいな驚きを感じていた。
目前には真っ白なサンゴ礁が輝き、どこまでも透き通った水中には色とりどりの魚が、きらきらと瞬きながら泳いでいく。
まるで、秋の夕暮れのそよ風に吹かれたかのようなひんやりとした海水の温度が、私の身体のすみずみを満たしていくのを感じながら、ゴーグルに包まれた目尻はじんわり温かくなった。
まだ環境課題のことは、よくわからない。わかると言えるようになるまで、ずいぶん時間がかかるだろう。けれど、この海は守らなければならない。
踊るように泳ぐ身体が止められず、そのままスイスイと進んでいった。
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2023年8月19日、私は沖縄県の離島、伊是名島にいた。沖縄に上陸するのは初めてである。
にも関わらず、初っ端から離島にいる自分に困惑しながら、伊是名島の美しい景色を眺めては、清々しい潮風に吹かれていた。
今回、私がこの島に来た理由は、あるプロジェクトに携わっているからである。それが、CQプロジェクト。
ゼロカーボン社会を目指して、人々が環境課題に対して意識を高め、行動変容を起こすために立ち上がったプロジェクトだ。私がCQプロジェクトに取材ライターとして入ってから、はや1年になる。
このプロジェクトで、特に印象に残っている取材は、2022年に開催された「中津川 THE SOLAR BUDOKAN 2022」。
「音楽×ソーラーエネルギー」をテーマにした、まったく新しいミュージックフェスで、フェスの運営にかかる電力はすべて太陽光発電によってまかなうというコンセプトで開催された。
私はフェス当日に、アーティストさん数組に環境課題にまつわる取材をするという仕事をまかされた。初の対面取材にガチガチに緊張しながらも、アーティストさん方のパワーのあるお話を聞けたことに感動を覚えた。
それからも、環境課題に関する事業を行う実業家や、課題解決の重要性について発信するインフルエンサーの方々に、たくさんの取材をしてきた。
そんなCQプロジェクトが、ローカルフレンド(現地の人)と出会う旅を提供するサービス「TRAPOL(トラポル)」とコラボして、サステナブルを考える旅をテーマに「沖縄 伊是名島&伊平屋島ツアー」を開催した。
私はそんなツアーにライターとして参加させてもらうことになったのだった。
伊是名島と伊平屋島は、どちらも人口1000人ちょっとの小さな島で、人が少ないぶん、美しい海が保たれている土地だ。
TRAPOL代表の森脇さんへのインタビューでは、島には琉球王国の文化が色濃く残っており、「なんくるないさ〜」の精神があるため、現地に暮らす人々もおおらかで優しい人ばかりだとお聞きしていた。
(インタビュー記事はこちら。ツアーについての詳しいことは、この記事を読んでください)
しかし、私は「サステナブルな旅」どころか、普通の旅に行った経験すら人生でほとんどない。幼少期、近年稀に見る貧困家庭に育ったものだから、飛行機に乗った経験もないし、家族旅行に行った記憶も数えるほどだ。
なんだったら、高校時代の沖縄行きの修学旅行は「お金がもったいない」という理由でサボったほど、旅の経験値が乏しかった。
今年で23歳。高校を卒業してから、自活するためにがむしゃらに働いてきてしまって、そういう楽しい経験がほとんどない自分が恥ずかしいと思うと同時に、たいして経験がないからこそ旅に対する関心は薄かった。
今回の取材も「私がしっかりと旅の魅力を伝え、環境課題を考えるきっかけになるような発信ができるのだろうか」と心配で仕方がなかったのが本音である。
しかし、そんな心配は杞憂だった。今までほとんど自然に触れたことがない私にも、伊是名の景色は美しく写ったのだ。
白い砂浜に、青い海、そして爛々と輝く灼熱の太陽。子どものころからテレビで見ては憧れていた、南の島そのものが、今まさに目の前に広がっていた。
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伊是名島&伊平屋島ツアーは、3泊4日。1日目はほとんど移動で、2日目は伊是名島の古き良き景色を巡り、3日目は伊平屋島にフェリーで渡った。そして、ついに日本を誇る美しい海を泳ぐアクティビティが待っていた。
伊是名島&伊平屋島の海は、日本中の海を撮影してきた海中カメラマンですら「これまで見た海で1番キレイかも」と評価するほどだと聞いていて、期待が高まる。
水着に着替えて、ローカルフレンドさんが運転するボートに乗ると、激しい水しぶきを上げながら、ボートは沖へ沖へと進んでいった。
「うわぁ……!!」
たどり着いた先には、そう思わず声を上げてしまうほどに、恐ろしく美しい海があった。
それまでフェリーで見てきた海ももちろん美しかったが、ローカルフレンドさんが案内してくれた海は、別格だ。
波がなければ、海の底まですべてが見えてしまうくらいの透明度に圧倒され、水面に目を奪われて離せない。
東京生まれ東京育ちで、これといった自然には触れてこなかった人間にとっては、畏怖を感じざるを得ない景色だった。
私の記憶の中の森林は、近所の公園の近くにある雑木林だったし、私の記憶の中にある海はどれも車窓の外にあって、それはそれは濁っていた。
(まるで、夢みたいだ…)
そう思いながらも、足は少しだけ震えていた。実は、ここで1つ問題があった。
私は海に入ったことがない。
砂浜でパシャパシャと波で遊んだ経験はあっても、泳ぐのは初めてで、未知の経験がそれなりに恐ろしかった。
人生で初めてフィンとシュノーケルをつけ、ローカルフレンドの誘導で、ボートから降りる。
すると、突然、地面を失う感覚が怖くて、海水の冷たさか恐怖か身体がぶるりと震えるのがわかった。
「大丈夫、大丈夫だから、ゆっくりね」
ローカルフレンドさんが優しく声をかけてくれるので、少し心を落ち着けながら、差し出された手に掴まる。やっぱりまだ怖いが、慣れてくれば泳いでいけるかも。
少しずつ手を離し、自分の意思で泳ぎながら、伊平屋島に降り立って初めて、海面に顔をつけてみた。
「えっ…」
思わず、息を飲んだ。なんだ、この光景は。あまりの美しさに、どうしたらいいかわからなくなる。
「なんで、こんなにキレイなんですか…?」
海面から顔を上げ、まだ近くにいたローカルフレンドさんにそんなトンチンカンなことを尋ねる。
すると、彼はニカッと白い歯を見せて、「だろ?まだ時間はたっぷりあるから、俺が見えなくならない範囲で、好きに泳いでみな」と笑った。
聞いていた通り、島の人は本当にいい人だなと実感しながら、私はさらに泳いでいく。
最初は恐ろしかった海は、だんだんと身体の一部になったかのような感覚になっていって、それが嬉しくてたまらなかった。
プールよりずっと浮力のある海中では、フィンの効果もあって、びっくりするくらい簡単に進んでいける。身体が重力から解放されて、一気に自由になったみたいだ。
身体が軽いという感覚を知って初めて、今まで自分が持ち合わせてきた身体や価値観が、いかに重いものだったのかに気がついた。
「このまま、どこまででも泳いでいけるのかもしれない」
ふいにそんなことを思い、自分自身でもびっくりする。都会の片隅でパソコンに向かい、キーボードを打っているだけでは、決して感じることのできない感覚がそこにあった。
「私は、どこに行ってもいいんだ。好きなところに行っていいんだ」
当たり前のようで、当たり前にできなかった言葉が頭の中に浮かんできた。ちゃぷちゃぷと小さな波を立てながら、自分の世界がものすごい勢いで拡張されていくのを感じる。
ここにいたっていいし、どこに行ってもいい。地球全体が私たちが暮らす場所なのだと、そんな突飛なことまで考えてしまう自分に笑ってしまいそう。しかし、心はゆっくりと満たされて、肩の力が抜けていった。
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環境課題に関する取材を始めてから、何度も聞いてきた言葉がある。それは、「自然から受け取っているものを考えよう」というフレーズだ。
自分が自然から何を受け取っているのかを考えることで、自然への感謝が芽生え、受け取った恩を返したいという気持ちになれる。
空気や水、太陽光、食べ物など自然から受け取っているものは数え切れないくらいあるが、しかし私たちがそれを「自然から受け取っている」と感じるのは難しい気がしていた。少なくとも、実際に取材していた私ですら、実感できていなかった。
だって、蛇口をひねれば水は出るし、スイッチを押せば電気はつく。スーパーに行けば、季節を問わず、だいたいの食材がプラスチックの無機質なパッケージに入って陳列されているのだ。
自然や、自然から受け取っているものを実感するほうが無理があるのではないかと、正直思っていた。
そんなことを考えていたときに、母から借りた雑誌「暮しの手帖」の特集を読んで、北海道の東川町のことを知った。
東川町は、北海道の中央に位置する小さな町で、大雪山系旭岳の麓に広がっている。
冬になると、どっかりと雪が降る地域で、白銀に覆われた山々はスキー好きにはたまらない。また、豊かな自然が広がる町として、都会に疲れた人々の居住地としても愛されてきた。
東川町の1番の特徴は、上水道がないことだ。大雪山の雪どけ水が、ゆっくりと時間をかけて地中深くまで染み込み、地下水として東川町に運ばれている。
そんなミネラルたっぷりの天然水が、蛇口から出て、飲み水や料理をするときの水に使われている。それどころかお風呂もトイレなどの生活水も、すべて天然水でまかなわれているそうだ。
東川町に住む人々は、そんな水のありがたみを日々感じていて、美しい水を守るために、生活排水に気をつけたり、なるべく化学肥料や農薬を使わない農業に取り組んでいるという。
私はこの特集を読んで、「これこそ、環境課題に対するあるべき姿勢なのではないか」と思った。自然から受け取っているものを日々実感していて、それを守るために環境を守る。そのサイクルは、とても健全に思えた。
とはいえ、私を含めて、そんな自然のありがたみを日常的に感じることのできない人々はどうすればいいのか…。
***
伊平屋島の波に揺られながら、脱力しきった私は、日本最南端の沖縄・伊平屋島にいながら、日本最北端の北海道・東川町のことを思い出していた。
私は島の自然とローカルフレンドから、たくさんギフトを受け取った。
「地球はこんなにも美しい」と気がついたこと。
「私はどこにでもいける」と肩の力が抜けたこと。
「海に揺られるのは、こんなに気持ちがいい」と教えてもらったこと。
「初めての体験を前に、恐ろしさに震える手を取ってもらえる心強さ」を伝えてもらったこと。
TRAPOL代表の森脇さんが、インタビューの際にお話ししていたことがある。
そうか、日常生活では自然から受け取っているものを感じられなかったとしても、こうして旅先で受け取る体験ができれば、価値観は変化し、日常に戻ってからもその価値観はどんどん波及していくのだ。
そして、その地で暮らす人との楽しい思い出は、旅から戻ったとしても、日々の暮らしの中で何度も何度も浮かび上がって、私たちの価値観をより強固なものにしてくれる。やっと、少しだけわかったような気がした。
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私たちはどこに行ってもいいし、何をやってもいい。大自然を目の前にして、凝り固まった小さな価値観なんて、取るに足らない存在だ。
しかし、私たちはそんな環境を自分の力で守っていかなければならない。
環境破壊は連鎖的で、気温の上昇によって遠くの海に浮かぶ氷が溶かされているように、何か1つが壊されれば、ドミノ倒しのように次々に侵食されていく。
私たちが課題解決に踏み出さなければいけないのは、もう否定することのできない事実なのだ。
そして、すでに自然からたくさんのものを受け取ってきた私たちができるのは、その恩を自然に返していくこと。環境破壊が進んでいく世界で、地球環境を持続可能的なものにしたいという目標は、関心の有無に関わらず全人類共通だと思う。
同じ目標でも、価値観は人ぞれぞれだ。だから、それぞれの価値観で環境課題を捉えていけばいい。
美しい海を守りたいなら、海に流れ出す生活排水やマイクロプラスチックについて思いを馳せたらいいのだろうし、豊かな山を守りたいなら森林伐採や気候変動について考えられたらいいのだと思う。
とはいえ、守りたいと思うには、それだけの体験が必要だということが、今回の旅で痛いほどわかった。守りたい自然を、守りたい人々の姿を具体的にイメージできるようにならないと、自分だけの価値観は形成されていかない。
だからこそ、私はこれからも旅に出たい。守りたい地球に出会うために。大切にしたい人に出会うために。新しい自分に出会うために。
出会い、育み、守ることが、きっと新しい問いと、その答えをくれるのだと教えてもらった。
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