能楽、海を越える①-1【藤井秋雅 先生】公演編
🌏今回からの新テーマ✈️
「能楽、海を越える」
海外公演を経験された先生方に
海外で能はどのように受け入れられているか、
公演から学んだことや気づき、苦労したことなどをお話いただきます。
また、観光編として、能楽師がおすすめする観光情報も掲載していきますので、
ぜひ今後の旅のご参考にどうぞ!
第1回目は
藤井秋雅(ふじい しゅうが)先生です。
アメリカやフランスでの経験をお話いただきました。
──海外公演はどの国でされましたか。
いろいろな国の公演に参加させてもらっていますが、当家同門会の海外支部ではサンフランシスコが一番お弟子さんが多く、その公演の話を。
2016年にサンフランシスコで素人会(お弟子さんの発表会)と玄人会(プロの公演)がありまして、会場はユニオンスクエアのすぐ近くにあるMarines’ Memorial Thaetreでした。
お囃子を習っているうちの弟子を呼んで、サンフランシスコ藤雅会の10周年記念会でしたので、お家元にもお願いし、父(藤井雅之先生)や田崎甫と一緒に開催しました。
サンフランシスコのお弟子さんの半分は日系です。素人会には15〜20人くらい参加されていて、ご家族や友人が多く観に来られていたので盛況な会でした。
──海外と日本では能に対する捉え方は違いますか。
日本での「能」は、教科書に載っていて、芸術鑑賞会で寝てしまうもの、あんまり面白くないものと思われがちです。ピアノや水泳などのような一般的な習い事には入らないと思います。
一方、海外では、能に対して日本人のように変に敷居をつくらない感じがあります。そもそも日本文化が人気みたいですし、太鼓道場というのがサンフランシスコにありますが、200人くらい所属している大所帯のようです。「Star Wars」とか、「地獄の黙示録」の映画音楽でも使われたような太鼓が人気ですね。
また、同じ日本文化という類では忍者道場もありました。忍者の衣装を着て、手裏剣を投げるんです。アメリカでは、そういう日本文化のジャンルと並列して能もあるんだと分かりました。
海外では着物を着るだけでも、コスプレのようなわくわく感があるみたいです。純粋に「なんじゃこりゃ!」と興味を持って初めてみる人が多いように思います。
──海外のお客様の反応はいかがでしたか。
だいぶ昔のことですのでアメリカでのことはあまり覚えていないんですけど、フランスやブラジル、デンマークなど、どこに行っても、お客さんは興味を持った好奇心の目で見てくれます。反応はすごくいいですよ。日本人は面白くても反応を出さない民族じゃないですか。それに比べると、海外では若い人でも年配の方でも前のめりでじっと観ている感じが伝わってきます。
あと、海外の人は観ているときに足を組む人が多いです。足を組んでリラックスしてるけど、ダレているんじゃなくて、聞き入る姿勢になっているんですよね。
フランスでは大学で学生向けにワークショップをしたことがあって、そのときもちゃんと興味を持って来ているなと思いました。
アルメニアに行ったときは、公演が終わってロビーに出ると、お客さんがたくさん出待ちで並んでいて、写真を撮ったり、質問を受けたりしました。
ブラジルではどこに行ってもスタンディングオベーションでしたね。演者が捌けても拍手が鳴り止まなくて。海外だからカーテンコールもあるだろうということで、捌けた後に、また舞台に出る段取りを事前にしています。
──海外公演を通して気づいたことを教えてください。
海外公演の曲を決める際に、静かでゆっくりとした眠くなるような曲よりも、派手で激しい曲をやった方が海外ではウケると思って選んでいましたが、フランス人にとって派手な曲や太鼓が入ったものはうるさく聞こえてしまうようです。
デンマークに行かせてもらうこともあって、デンマークでも音がうるさいとすぐ言われるんですよ。なので、太鼓の音をなるべく落としたり、静かめにやる工夫をしています。
ヨーロッパ系の公演では劇場以外を使うことも多いですが、美術館のホールみたいな石造りの場所でやるとお風呂場くらいに音が響いちゃうんですよね。お囃子の音の残響がすごくて、何も聞こえなくなってしまうので、打つ動作は変わらずやりますけど、音は控えめにしてもらっています。
──フランスでは派手な曲は人気がないとのことでしたが、人気な曲は何でしたか。
「羽衣」や「井筒」などは曲全体が朗らかでゆっくりしていまして、その中でも特に序之舞という部分は、日本人の9割は眠くなってしまうように思いますが、フランスでは好まれますね。
また、世界でも翻訳されている源氏物語は日本文化が好きな人はみんな読んでいるくらい知られているので、源氏物語が題材の小難しい曲もフランスでは人気です。曲の好みで国民性が出ますよね。
──海外公演をやって苦労したことはありましたか。
海外公演に行った経験がある方は全員感じている”あるある”だと思いますが、会場のスタッフが時間を守らないのが大変です。例えば公演が午後2時から始まるとすると、12時に演者は入りたいのに、鍵が閉まっているし、電話しても、「そんなに早く行かないよ。」と言われて、ずっと道端で待つことがあります。2時間前に空くわけでもなく、1時間前くらいに鍵をもったスタッフが来て、やっと入れたと思ったら、会場がぐちゃぐちゃで。どの国に行っても大体はそうですね。
ただ、時間を守らないけど、その分おおらかというか、意外と人情があるんですよ。
例えば、寒い中フランスの道端で開くのを待っていたら、向かいの家の窓から見ていたおばちゃんが、ポットにコーヒー入れて持って来てくれて、「あんたら日本人?開かないんでしょ?これでも飲んで。」みたいなのがありました。
あとは、現地の照明スタッフが、「ここをもっとこうしたら面白いよ。」と提案してきたことがあって、僕らは「決まった通りの照らしっぱなしの照明で、捌けるときにだけ暗くしてほしい。」と言うんですけど、「いや、赤い照明を入れた方が華やかだぜ。」みたいなやり取りもありました(笑)。やめてって言ったのに、本番では勝手にいろいろやってきて大変でした。一緒になって良いものをつくりたいという気持ちが強いのかもしれないですね。やめてほしいですけど(笑)。
──先生の今後の公演情報を教えてください。
2024年3月16日(土)の宝生会定期公演で「金札」のシテを勤めます。すごくやりづらい曲なんです。なぜかというと、この「金札」では弓矢を扱いますが、普通弓を使う曲は引いて打つような動作をするだけなんですけど、この曲では実際に弓を引いて放ちます。打つ場所が決まっていても、本物ではなく簡素な作りの形だけの弓なので結構下に落ちてしまうんですよね。綺麗に打てるように頑張ります。
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──読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
日本人が日本文化を説明するのって、あまりできないじゃないですか。携わっている僕らでギリギリくらいな感じ。でもやっぱり、アメリカやフランス、アルメニアやジョージアも、国の代表的な文化、民俗的な音楽はみんなできるんですよね。
アルメニアとかに行くと、伝わってきた伝統的な踊りがあって、レストランで生演奏で音楽が流れると、みんな立って踊りだすみたいなのがあったりとか。ジョージアはワイン発祥の地らしいんですけど、そのワインについての説明をみんなできたり。それぞれが自国の文化に誇りをもっていているのを強く感じます。
日本はいろんな文化があって、世界的にもすごく憧れられているところがあるけど、日本人自身はそんなに興味を持っていないと思うんです。さっき言ったみたいに「教科書に載っているあれでしょ。」くらいな、ちょっと自分から遠ざけているのがあるなという気がします。
海外でウケるよりも、まずは日本でこそ一番ウケなきゃいけない、大切にしなきゃいけない文化だと思うので、食わず嫌いじゃなくて、一回、気軽にふれてみて、その後に、「やっぱり好きじゃない。」でもいいし、「意外と見られるな。」でもいいし。
僕らがよくワークショップなどで初心者の方に言うんですけど、鼓の音が綺麗だった、初めて入った能楽堂の舞台はすごい造りだった、檜のにおいがした、面や装束が美術館の展示のようだったとか、内容がよく分からなくてもいいから、何か一つあそこが良かったというポイントを持って帰ってほしいと思います。
あとは、自分でやってみるとただ見るより100倍分かる。これはお弟子さんみんなに言っています。ずっと鑑賞者だったのが、どういう仕組みの型、この型は何を意味しているかを理解し始めると、そういう視点でも見られるし、体験してみる、稽古してみる、というのはすごく近づくきっかけになると思います。
インタビューにご協力いただきありがとうございました!
インタビュー日時:12月19日(火)、宝生能楽堂楽屋にて。
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