能楽、海を越える⑨-1【辰巳和磨 先生】『SHOGUN 将軍』撮影秘話
🌏能楽、海を越える✈️
海外公演を経験された先生方に
海外で能はどのように受け入れられているか、
公演から学んだことや気づき、苦労したことなどをお話いただきます。
第9回目は
辰巳和磨(たつみ かずま)先生です。
ディズニープラス『SHOGUN 将軍』第6話の能のシーンにご出演されました。
今回のインタビューでは
カナダ、バンクーバーでの『SHOGUN 将軍』の撮影秘話を掲載しています✨
※『SHOGUN 将軍』はディズニープラスで独占配信中。全10話。
──『SHOGUN 将軍』の撮影はいつ行われましたか?
私は2022年の2月中旬から2週間程カナダのバンクーバーで撮影をしていました。2021年にお話があって、その年に撮り始めた感じでしたね。
「明智討(あけちうち)」という秀吉が作った能のシーンを撮りたいという、お話が家元(シテ方宝生流第二十代宗家 宝生和英)に来たのがきっかけでした。コロナで日程がどんどんずれて、家元はちょうどドバイ公演と日程が重なってしまったので、私が代わりに行かせていただくことになりました。
他の参加メンバーは、同じく宝生流シテ方能楽師の葛野りささん、そして能楽プロデューサーの清水美穂子さんです。
──和磨先生がご出演された第6話の能のシーンについて詳しく教えてください。
ディズニーがよく使っている大きなスタジオだったんですけど、スタジオの中に立派な能舞台を作っていただいていました。
題材は能「明智討」。家元が監修していて、節付けや、詞章、型なども今回の為に新しく作り直されています。
第6話には、能舞台で俳優の篠井英介さんと私が切組(斬り合い)をするシーンがあります。篠井さんが「中村秀俊(太閤)」を、私が「明智仁斎」の役を勤めました。
──バンクーバーのスタジオで篠井さんのお稽古をされましたか?
篠井さんのお稽古はほとんど日本で完成していましたが、バンクーバーではお囃子役のエキストラの方のお稽古をしました。どのお稽古にも必ず真田広之さんが私の横についていらっしゃって、 「どういう風にやっていこうか」と真剣に聞いてくださり、本当にもう腰が低い方というか、大変素敵な方だなと思いました。
スタジオには能を見たことがない方が多かったので、撮影の前に、ワークショップまではいきませんが、出演者さんとスタッフさんに向けて、私と葛野さんで能の説明をして、仕舞や謡をお見せしました。
──能のシーンで大変だったところはありますか?
「仏倒れ」という舞台上で倒れる場面ですかね。普通は1日に何回もやる型じゃないんですけど、撮影なので「何回かやってくれ」ということでたくさんやりました。360°、いろいろな角度から倒れるパターンを撮ったり、音だけ撮ったりもしました。死ぬ気でやらなきゃいけないなと思いましたね。
能のシーンは、全部合わせても5分もいかないくらいですけど、2日間かけて撮影しました。
──能面や衣装はどのように決まりましたか?
まず、能面に関しては、いろいろとこちらから提案したんです。3種類くらい送って、「霊怪士(りょうのあやかし)」という能面に決定しました。
また、落葉役(写真真ん中)の装束ですが、持って行ったものではなく、同じ柄の方が視聴者に分かりやすいのでは?と現地の衣装担当から提案があり、実際の「落葉の方」役の二階堂ふみさんが着ている衣装と同じ生地で急遽作成していただきました。
実は、映画公開まで、この生地さえ公に披露することができなくて、とても厳しかったんですよ。
篠井さんが頭につけている、兜のクワガタも現地の衣装担当さんが特別に作ってくださったオリジナルのものです。
──行ってみてびっくりしたことは何ですか?
何回かドラマや映画の撮影には関わったこともありましたが、規模の大きさと、スタッフの方の多さがすごかったですね。城の襖や掛け軸もプリントじゃなくて、描く方がいました。
また、キャストに就くスタッフがそれぞれいて、衣装やメイク、通訳、それにコロナ担当。いろんな国からキャストが来るので、食事担当もいました。ヴィーガンの方や宗教上の理由でお肉を食べない方もいらっしゃるので、食事は豊富にありましたね。
あと、びっくりしたのは、私も一応キャストの一員だったので、私専用のトレーラーがあったんです!
撮影以外へのお金のかけ方も本当にすごかったです。コロナ時期っていうこともあったので、私の自宅までハイヤーが来て、運転手以外と会わずに飛行機に乗りました。
──撮影現場はどのような環境でしたか?
真田さんや、スタッフの方のおかげですごくやりやすい雰囲気でした。「日本のすばらしい芸能の方が来てくださいました!」っていう感じを強く出してくださいました。
撮影した映像を真田さんが「ちょっと見てください」っていうことで、自らこう、画面を持ってきて、「これでよろしいでしょうか?」っていう感じで細かく確認してくださって。何回か撮り直したこともあったんですけど、それにも嫌な顔せずに付き合ってくださいました。
第6話の能のシーンは、真田さんの役とは関係なくても、現場にずっといらっしゃって。他のキャストの方が「真田さんのような主演の方はいない!」と言っていた通り、真田さんは命がけで撮影に臨まれていました。
──今年2024年2月についに公開されましたね!
ジャパンプレミア試写会のときには、家元や葛野さん、プロデューサーの清水さんと一緒に参加したのですが、そこで再び、真田さんとお会いする機会がありました。真田さんから、「能のシーンがあったことで、時代劇が本物に近づいた」と感謝のお言葉をいただきました。私たちも真田さんに感謝しきれないです。
──これまでに経験されてきた海外公演とは何が違いましたか?
海外公演というのは、装束や面、そして自分の荷物を持っていくので、 大人数で行かないと大変なんですよ。そこを今回は能楽師2人で行ったっていうのは、最初、どうなるんだろうっていう気持ちもありました。実際は運搬に関しても全てディズニーの方がやってくださったので、ストレスなく撮影をできたのは嬉しかったですね。
──苦労したことはありましたか?
バンクーバーにいるときは食に困ることはなかったのですが、ちょうど撮影時期がコロナのときだったので、日本に帰ってから、ホテルでの隔離の食事が大変でした。葛野さんとプロデューサーの清水さんは別のホテルで、そっちの方がお弁当のクオリティがすごく良かったんですよ!
3人のグループLINEで、朝昼晩のお弁当の写真を共有し合っていました。ただ、私だけ勝ってたのは、毎回味噌汁がついていたんです。あちらには汁物がなくて「羨ましい!味噌汁飲みたい!」って言われました(笑)。
──海外公演で大切なことを教えてください。
今回の撮影ではありませんでしたが、通常は日本から面と装束を持っていくので、その扱いには十分注意しなきゃいけません。ホテルや楽屋で面と装束を見張っておく責任があります。
あとは手際の良さっていうのが露骨に出るのが海外公演だと思います。また、日本では楽屋に人が多いですが、海外では必要最低限の人数しかいないので、ゆっくりできる時間がないです。会場の設営もあったりします。海外は土足で舞台を歩くのが普通なので、舞台を私たちで拭いたり。
完全に日本でやってるような舞台を作るんじゃなくて、そのホールに合わせたりとか、やる場所に合わせて臨機応変に。柱がなかったら、例えば舞台を照明で四角にするとか、そういったところも全て考えていかないと、難しいのかなと思います。
──今後の公演情報を教えてください。
■宝生会12月定期公演 午前の部 能「鉄輪」
2024年12月21日(土) 11時開演
京都の貴船神社を舞台にした話で、「生成(なまなり)」という面を使います。「般若(はんにゃ)」は角が全部出ていて、「生成」は少しだけ角が出始めています。もう鬼になりかけている、というのが分かるような、恨んでる女性が主人公ですが、それを演じるっていうのは、難しいです。私は今34歳なんですけど、なかなか若くしてやらない曲ですね。
宝生流の「鉄輪」の謡は他流の方にとっても結構難しいと言われているので、そこは地謡の先生方に助けていただいて、勤められればいいなと思います。
⭐️チケットはこちら⭐️
──読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
『SHOGUN 将軍』の授賞式のときに真田さんがおっしゃっていたのは、今の日本の映画でも、特に時代劇は、現代化、西洋化してしまっている。真田さんとしてはそれがすごく心残りで危機感を持っていて、「今の時代劇を本来の形に戻したい」っていうことを伝えておられました。
スピーチの中で日本語だけで話されている部分があって、他は全部英語でされていたんですけど、その日本語の部分は日本人へのメッセージですよね。
今回、エミー賞を取ったことで、日本人がさらに観始めると思うんですよ。海外で人気になり、逆輸入という形で日本人も自分の国の良さに気づいていくはずです。
私は海外公演を重ねるたびに、日本っていうのは素晴らしい国だなってすごく感じます。料理にしかり、ビールの冷たさにしかり、文化や考え方とか。 もちろん日本にはなくて海外に良いものもありますが、海外に行くことによって日本の良さを再確認します。そして、それをプラスに変えていかないと!って思います。
『SHOGUN 将軍』は約7割が日本語のセリフでやってるドラマですが、それはとても挑戦的なことです。日本の方にもそういうことに気づいて誇りを持っていただければと思います。それを大々的に、真田さんがスピーチで伝えてくださったのはとても感動しました。
『SHOGUN 将軍』を通して、能楽だけでなく、日本の伝統芸能、伝統文化、伝統工芸の発展に繋がれば嬉しいです。
ありがとうございました!
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