私の推し面④【澤田宏司 先生】
宝生能楽師が憧れているあの面、
思い入れのあるあの面…
そんな「推し面(めん)」を月に1回ご紹介していきます。
第4回目は5月の夜能で「小鍛冶 白頭」を勤める
澤田宏司(さわだこうじ)先生。
――澤田宏司先生にとっての「推し面」を教えてください。
今回「推し面」を選んでください、とのことでインタビューのお話をいただきましたが、多くの中から選べませんでした。私の場合、どの面にも違った個性があって好きなので、推し面というより「面推し」ですかね(笑)。
――今回の夜能では「小鍛冶 白頭」を勤められますが、どのような曲ですか。
刀匠の三条小鍛冶宗近がワキとして登場します。
京都の祇園祭で一番先頭に長刀鉾があるのですが、その長刀は三条小鍛冶宗近が作ったと言われているんですよ。
平安時代から代々「三条小鍛冶宗近」という名跡は受け継がれているそうで、現在、京都にある包丁を専門としたお店の名前になっています。
能楽のよくあるモチーフに、天皇が夢を見て、それを実現させるために臣下が右往左往してなんとか集めてくるというものがありますが、「小鍛冶」の話も似た流れでして、一条天皇が夢のお告げの通り、三条小鍛冶宗近に刀を一振り打つよう、大臣の橘道成に命じます。
橘道成が宗近に依頼をしに行くわけですが、宗近は自分と同等に打つ「相槌」がいないと言うわけです。刀を打つときには一方からではなく、交互に速く打つことによって、より強固な刀にしていきます。その交互に打つ姿を「相槌」と呼びます。名刀と言われる天皇の刀というのは、ほぼ同じ力量の2名が両側から打たないといけません。「その同等の者が出払っていて打てないのですがどうしましょう。」と宗近は困惑するわけですが、橘道成は、「天皇の命令なのでなんとかしてくれ。」と言って帰ってしまいます。
昔の人は困ったときにどうしたかというと神頼みしかないんですね。
京都に合槌稲荷が今でもありまして、そこに宗近が参拝に行くと、子どもに声をかけられます。宗近の名前を知るその子どもは「帝から刀を作れって言われたんだってね。」とさっき命じられたばかりのことを知っている不思議な人物でした。その子どもは「神様に祈って、身を清めて準備をしていたらきっと助けに来てくれるはずだよ。」と言います。
そして、子どもは、中国や日本で刀の力によって鬼神をやっつけたり、敵を倒したりした歴代の刀の話をして、「これから打つ刀も良い刀になるよ。」と言い、伏見稲荷の方へ飛んで行ってしまいます。
宗近はあの子どもはお稲荷さんの化身だったのだと驚いて、身を清めて神様を祭り、刀を打つ台を用意して待っていました。そうすると、稲荷明神の本体がやってくるわけです。手には大きなハンマー(槌)を持っていまして、それで交互に相槌を打ちます。
刀には打った人の銘を刻むわけですけど、宗近が「三条小鍛冶宗近」と銘を打ったところ、稲荷明神の化身も刀の裏に「小狐丸」と打ちました。こうして名刀「小狐丸」が生まれたというお話です。
小狐丸という銘の刀が現代に2〜3本伝わっているらしく、どれも本物である条件を満たしていないようなんですよね。そのうちの1本はもともと長かったものを短く作り直したものかもしれなくて、それが本当の小狐丸の可能性があると聞いたことがあります。
――最近では刀のゲームが有名になりましたね。
合槌稲荷の向かい側に刀鍛冶が祀られた別の神社がありまして、私もそこに行ったことがあるのですが、刀のゲームの聖地になっていましたよ。
――「小鍛冶」で使用される面の特徴を教えてください。
これは「慈童(じどう)」という名前の面です。「童子」という大きなカテゴリーの中に含まれる面の一種になります。童子は頬がふっくらしていて、より子どもっぽいのですが、慈童になると顔がシャープになっています。
慈童は「枕慈童」という曲にも使われていて、「枕慈童」のシテは見た目は子どものようであっても、実際は700歳なんです。
「小鍛冶」という曲では、前半に子どもの恰好で登場し、後半は真っ白な髪の年を経た身体になります。子どもの顔をしているからといって、子どもの年齢かどうかは謎なんですよね。ものすごく長く生きている可能性もあります。人間離れした子どもの面がこの慈童です。
――目が四角く切り抜かれていますね。
女面の場合は、目の穴が真四角に近いほど若いと聞いたことがあります。歳を重ねるにつれて丸くなるらしいです。
目が吊り上がっているのもこの慈童の特徴で、童子はもう少し横になっています。
急に動くときと、ゆっくり動くときにもそれぞれ違う印象を与えることができるのも、この面や女面の特徴です。
「能面みたいな顔」という表現もありますが、実際に能面を見ると様々な表情があることが分かります。
※能の面の表現に「照る(テル)」「曇る(クモル)」というものがあります。上向きの「テル」は喜びや晴れやかな表情。下向きの「クモル」は悲しみのある心情を表しています。面をわずかに動かすことで繊細な表情の変化をつけています。
――もう一つの面についてはどのような特徴がありますか。
「小鍛冶 白頭」の後シテになると、「大飛出(おおとびで)」をかけます。目が飛び出ているので「飛出」と言うそうですよ。「小飛出(ことびで)」というのもあります。
大飛出については、「加茂」の雷様や「嵐山」「国栖」に蔵王権現という強い神様など、わりと空を飛ぶ系の役で使用されることが多いです。
小書きのない普通の「小鍛冶」では、小飛出を使います。狐の精や地面を走る俊敏な鬼神に使われる面です。
7月に川瀬隆士さんが夜能で「小鍛冶」を勤めるときには小飛出をかける予定です。ですので、夜能に2回ともお越しいただければ大飛出と小飛出の二種類の面を比較して楽しむことができるかと思います。
(※5/27の公演では別の作者の「大飛出」を使用)
小飛出と大飛出は顔の色も違います。通常の小鍛冶は装束が赤っぽくて髪の毛も赤ですが、「小鍛冶 白頭」になると装束の色も白系で、髪の毛も白く、面は金色です。装束や髪の色を考えたときに赤よりも金色の方が合っているということで金色になった可能性もあります。
――裏に焼き印がありますね。
「天下一河内」という焼き印です。刻印も真似て彫られていたりしますので、裏にこの刻印があるからといって、必ずしも本面とは限らないです。本面かどうかを判断するには最終的に表情とか彩色を見極める必要がありますね。
今回ご紹介した慈童と大飛出は面袋にも書いてある通り、どちらも本面です。
――面袋がとても綺麗ですよね。
面だけで無く、面袋も良いものは大切にしています。紐だけ新しくしたりして、最後の最後まで利用しているんですよ。
――今回の面箱について教えてください。
澤田先生:朝倉俊樹先生が翁を披いたときに特別に作られた面箱なんですよ。
宝生能楽堂では同じような箱を大小取り揃えてありまして、これは中型です。面を運ぶときに使っています。
――夜能で「小鍛冶 白頭」の役をいただいてどのような印象をお持ちになりましたか。
私がシテを勤めることになったと知ったときには驚きました。「白頭」に限らず、小書という特殊演出を若い能楽師はできないんです。私もついに小書をつけていただくときが来たかと感慨深いです。初めて小書のついたお役なので、非常に緊張して身が引き締まる思いです。
――実際に「小鍛冶」を観て感動した思い出などはありますか。
普通の「小鍛冶」しか知らない内弟子のころに、小書のついた「小鍛冶 白頭」を観たことがありました。「白頭」になりますと、まだワキが謡っているときに、シテの稲荷明神の姿が頭ぎりぎりまで現れ、一瞬見えた後に、またすぐ幕が閉まっちゃったんですよ。こんな演出もあるんだと驚きました。
舞台で「小鍛冶 白頭」を地謡として謡ったときには、お客様が幕の開いた瞬間を見ているか反応を見たりしていました。ほぼみなさん謡っているワキを見ている方が多く、幕の開いた瞬間のシテには気づいていなかったように思います。今回の夜能では、ワキが「謹上再拝(きんじょうさいはい)」と言ったら、ぜひシテのいる幕の方を見てみてください。
――「夜能」とはどのような公演ですか。
一番特徴的なのは最初に声優さんが朗読をしてくださることですね。読み手の方の装束は全体的にその曲をイメージしたものを組み合わせています。声優ファンの方にとっては能装束を着た好きな声優さんが朗読というのは貴重な機会かと思いますね。
朗読後は家元と舞台上で対談があります。ただ能を演じる会ではなくて、いろいろな要素を立体的に組み合わせた公演になっています。
――夜能の最後には仕舞がありますね。
夜能の場合、仕舞(能の一部を装束や面をつけずに舞うこと)は、メインの能に関連する隠れテーマとして選曲されています。今回ですと、内藤飛能さんが勤める「草薙」ですね。草薙の剣が題材になった曲なので、「小鍛冶」と同じように刀シリーズになっています。
――「草薙」とはどのような曲ですか。
「草薙」に登場するヤマトタケルは、東の蛮族を征伐するときに、敵に取り囲まれ、火で焼き殺されそうになります。叢雲の剣(八岐大蛇を退治したときにしっぽから出てきた剣)で火を退き掃おうとしましたら、剣の霊力で風が吹き、火が全て敵の方に燃え広がっていって、敵をやっつけました。そのときにヤマトタケルが草を薙ぎ払ったらしいんですね。なので、叢雲の剣という名前から「草薙の剣」という名前になった、というお話です。その場面を夜能の最後に仕舞で表現します。
ちなみに「小鍛冶」の能の中でも、前シテである子どもが草薙の剣について語っています。それをまた見比べるのも面白いかもしれませんね。
――最後に読者の皆様に向けてメッセージをお願いします。
悲しいニュースが多い昨今です。国土安穏・五穀豊穣をもたらす剣をテーマにしたこの小鍛冶を、心を込めて演ずることで平和な世界を願いたいと思います。
日時: 4月20日(水)、インタビュー場所: 宝生能楽堂楽屋、撮影場所: 宝生能楽堂楽屋、5月夜能に向けて。
⭐️5月夜能のチケットは残りわずかです!!
⭐️5月夜能はオンライン配信もあります。
澤田宏司 Sawada Koji
シテ方宝生流能楽師
1969年、三重県生まれ。2005年入門。19代宗家宝生英照、20代宗家宝生和英に師事。初舞台「敦盛」ツレ(1998年)。初シテ「忠信」(2005年)。「石橋」(2012年)、「道成寺」(2013年)、「乱」(2014年)を披演。
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■おまけ話
スタッフ:ご出身校の京都大学能楽部で指導を行っていらっしゃると聞きました。
澤田先生:最近はZoomでも新歓をしているんですよ。実は今日の夜もありまして(笑)。Zoomの利点は京都と東京の学生が一緒にできることですね。
私は京都と東京で教えていますけど、京都の学生は実際に能に所縁のある場所に近いので、サークルで散策したりしています。東京の学生は、能楽堂が多く、公演がたくさんありますので、観に行ける機会が多いですよね。
スタッフ:新入生に一言お願いします。
澤田先生:能楽というのは扇一本と白足袋、そして自分の声があればできます。しかも室町時代と変わらないことを現代でもできるので、ぜひサークルに入って体感していただければと思います。
🍀京大宝生会
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