空の選び方
家族も寝静まり、玄関の鍵が祖父によって閉められて僕の1日は始まる。
連絡を取るのが特に苦手だ。
コミュニケーションは人よりも得意な部類だと
自負できるが、マメなLINEというものが本当に
苦手なのだ。
電話で基本的には済ませたいが、時刻が2:35
ともなると基本的に気を遣って誰とも話さない。
閉められていた鍵を開け、普段出かけるよりも
一枚多く服を着込みイヤホンをして外に出る。
12月の空はやけに遠くて星はイヤらしく光る。
10年前はふかしていたタバコ。
今は肺に染み込む様に吸う様になってしまった。
不意に音楽がとまり
携帯の画面が自分の顔を眩しいほどに照らす。
元気してる?
10年間一言も話すことのなかった。
中学時代の友人からだった。
久しぶり、元気してるよ
!マークも絵文字も普段使わないから極力柔らかくしたくてもこの程度が精一杯だった。
仕事何してるの?
学校やクラスの中心に立っていた彼は相変わらずフランクにそれでいて先の尖った質問を投げかけてきた。
今はなにも。アルバイトだよ。
夢だった美容師はコロコロと場所を変えながら、最後に入ったところをたった2ヶ月で放棄し、
それきりやめた。
合っていなかったと言われたらそれまでだが、職場の雰囲気になんとなく馴染めなかった。
まじか!てっきり美容師なったかと!
なったよ。一回は。
まぁそんな事言うほどでもなくて、返信に困っていると。
来月暇な日ある?東京行くんだけど
アルバイトだから暇しかないのはわかりきっているのに、なんて酷な質問なのだろう。
基本空いてるよ
それからとんとん拍子で日程が決まり、飲みに行くことになった。
なんか詐欺とか金貸してとかじゃないといいな、なんてこの状況ならみんなが考えそうなことをしっかりと考えて、断る方法と逃げ方を頭の中で予習までした。
久しぶりに会った彼は背も伸びていて、
坊主に近かった髪の毛もなんだかパーマらしきものが当てられ、良い香りがした。
久しぶり!
久しぶり〜
相変わらずローテンションやなぁ
まぁね
相変わらずハイテンションやなを3文字で最大限に表現した。
学生時代に友達とよくきていた渋谷の飲み屋で2人でビールを飲んで最近の話をした。
なんて事はなく気づいたら2時間が経っていた。
覚えてる?中2くらいの冬の日に
2人で海に行ったやん?
言われなければ忘れていたが確かに2人で海へ行った日があった。
同じ部活に所属していて、家の方向や他の人の予定で、たまたま2人で帰ることになり急に海行くぞと言われた日があった。
あったねーそんな事
アルコールがやけに回って心音が聞こえる。
その音と共にその日の光景がしっかりと脳裏に浮かんでくる。
あの日の空好きなんだよ
俺も好きだったな
実は最近子供できてさ、あの空思い出して
空に陽って書いてソライって名前つけたんだ
空陽。
確かに空と陽と海の境界が限りなくなくなって、全部が一直線上にある様な空だった。
あ、え、おめでと
名前と脳裏に浮かぶあの光景に気を取られて、子供ができたと言う事実を聞き逃すところだった。
先に言ってくれたらお祝いとか用意したのに。
多分そういうのを求めないから彼はみんなの中心にいたんだろうな。
彼から最後に言われた。
お前は多分、空を選ぶのが上手いよ。
だって今日の夕陽見た時、THE東京!
って感じして陽に輝でヨウキって名前
も良かったかもなーとか後悔しちゃったもん。
空を選ぶのが上手い。
初めて言われた言葉に高揚していた自分だが、
帰り道、
渋谷のやけに高いビルの隙間から見える星空は
あの日の空とは比べる事すら許してくれなくて
彼の眩しさに嫉妬しながら
それでもこれからの日々の為にこの空を選んだことを後悔はしなかった。