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優しすぎた清原。(鈴木忠平『虚空の人〜清原和博を巡る旅〜』を読んで)

プロ野球選手として活躍していた頃の清原和博は、僕にとって“傲慢”な人のように映っていた。

というのも、僕はアンチジャイアンツだった。西武ライオンズで活躍し、巨額の年俸を提示されてジャイアンツにFA移籍した清原。彼の地元であるタイガースを蹴ったこともあり「結局、金かよ」と醒めた目で見ていたように記憶している。(後から知ったが、契約条件はタイガースの方がはるかに上だったらしい)

怪我に苦しんだ晩年を経て引退、知名度の高さゆえ評論家として引っ張りだこだったそうだが、仕事を“飛ばす”といった悪評も聞くようになる。

やはり“傲慢”な人なんだと確信していたが、さすがに2016年に覚醒剤保持の疑いで逮捕されたときは「何かが変だ」と感じるようになった。それほど好きでない清原だったが、引退して7年ちょっとで転落してしまった彼に同情のような気持ちを抱いたのだった。

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ここ数年、プロ野球のキャンプ地に顔を出すなど元気な姿が見られるようになった清原。だがスポーツライターの鈴木忠平さんが執筆した『虚空の人〜清原和博を巡る旅〜』を読むと、彼の軌跡は七転八倒だったことが分かる。

副題に「旅」とつけられているように、著者は清原の幼少期までも遡る。その甲斐あって本書は、清原という人間の本質に触れることに成功している。

清原和博という人間は、大胆不敵な言動と裏腹に、喜怒哀楽を隠すこともしない優しさと脆さを抱えていたというのだ。実際、覚醒剤所持の疑いで逮捕されたとき、リトルリーグの同級生は「清原が自殺するのではないか」と本気で心配したという。

「ぼくらね、清原さんが逮捕された夜に集まったんです。リトルのメンバーはもう何年も会っていなかったけど、ほとんどみんな来ていました。いても立ってもいられなくなってね……」
(中略)
「自分たちに何ができるのか……。みんな言っていることはバラバラでしたけど、全員が思っていたことがひとつありました。このままじゃあ、清原さん死ぬんちゃうかって」

(鈴木忠平(2022)『虚空の人〜清原和博を巡る旅〜』文藝春秋、P183より引用)

優しさと脆さについて、著者は「四歳児のように心の耐性がなかった。愉しいことには笑って、苦しいことには泣く。感情にフィルターがないとも言えた」と書く。

僕は不思議だった。PL学園出身のプロ野球選手が多いとはいえ、誰も彼も清原のことを想っている。それは間違いなく、清原が魅力的な人間であることを示しているといえよう。

本書では、彼の優しさ、純粋さを示すエピソードがいくつも紹介されている。リトルリーグ時代の監督が病に伏していたとき、見舞いのために病院を訪ねたときのエピソードは胸が震える。

病院食に飽いた監督が、清原にカレーを求めた場面。清原はすでに西武ライオンズの四番バッターとしてスターになっていたが、その姿は少年野球に励む清原少年と何ら変わりがなかったようだ。

清原は「わかりました」と応じると病室を出た。戸を閉めると医局へと足を向けた。医師や看護師たちに、せめて好きなものを食べさせてやりたいと訴えた。だが、医師たちが首を縦に振ることはなかった。
清原はしばらく談判を続けていたが、やがて諦めたように黙って頷くと、そのまま洗面所へ向かった。そして誰もいない洗面台に突っ伏すと肩を震わせて泣いた。慟哭どうこくであった。とめどない涙が冷たいタイルの上にしずくとなって落ちた。
いつしか陽が沈みかけていた。清原は洗面所を出ると、栄川の病室へ戻った。顔から涙の跡を消し去ると、静かに戸を開けてこういった。
「監督すんません。この時間やから、カレー売り切れてましたわ」

(鈴木忠平(2022)『虚空の人〜清原和博を巡る旅〜』文藝春秋、P199〜200より引用)

清原の「嘘」に、きっと監督も何か思うところがあったのではないか。

清原のような人間が、悟られないように「嘘」をつけたようには思えない。だが、その悟られまいとした「嘘」に、清原の人間性が詰まっているように僕は思うのだ。

優しいことは、良いことだ。
だが、優しすぎることは諸刃の剣になり得る。

清原が、まさにそうだった。才能に溢れ、しかし才能をきちんと使い切ることができず(現役時代は「無冠の帝王」と呼ばれていた)、そして引退後、彼の性格ゆえに孤独に苛んでしまったのではないだろうか。

清原のような人間に、僕はなれない。

だが、清原のような人間を認めることは、遅まきながらしても良いはずだ。これから彼が、プロ野球の表舞台に帰ってくることがあるかは分からない。だがカムバックをもし果たせたならば、全力で彼の“遅咲き”の才能を全力で信じたい

優しすぎる人間は、今からだって報われていいはずだと思うから。

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『虚空の人〜清原和博を巡る旅〜』
(著者:鈴木忠平、文藝春秋、2022年)

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