犬と混ざることで獲得する「ふつう」。(映画「ストレイ 犬が見た世界」を観て)
6年前、国政から東京都知事を目指して立候補した小池百合子さんは、選挙公約で「殺処分ゼロ」を宣言した。実績を掲げて2年前に再選を果たしたわけだが、「殺処分ゼロ」に関してはカウント数のルール変更など懐疑の声が向けられている。
20世紀初頭における大量の野犬駆除が非難されたトルコ。その猛省から、現在は安楽死や野犬の捕獲が法的に禁じられている。映画「ストレイ 犬が見た世界」は、そんなトルコの町並みを犬の視点で映したドキュメンタリーだ。
世界中でポピュリズムが隆盛し、にわかにナショナリスティックな言説が賑わいを増している。自分たちの国の利益を最優先するがために、ともすれば自国民以外の人たちを排除・排斥の動きになりかねない。地理的な事情から、シリアやアフガニスタンなどから難民を受け入れてきたトルコ。しかし世界的な「流れ」はトルコも例外ではなく、難民流入を抑制する(=難民を排斥する)動きが加速しているという。
そんな不寛容が色濃く漂う中、stray dogs(野良犬)たちは、どんな眼差しで社会 / 世界を見つめているのだろうか。時にゴミを漁り、道端でうんちをする犬たち。香港生まれのエリザベス・ロー監督は、共存することで見えてきた世界線を鮮やかに切り取っている。
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作家の古川日出男さんは、映画について以下のように述べている。
この言葉に尽きる。
共存というのは、ともすれば非常に「厄介」でもある。
映画の中でも、犬に対して好意的に接する人間もいれば、犬に向けて放水したり蹴飛ばしたりと邪険に扱う人間もいる。(ちなみに好意的に接する人間の中には、シリアから逃げてきた3人の少年たちも含まれる。彼らは常にお腹を空かせ、シンナーの袋を握りしめて路上で寝泊まりしている)
つまり何が言いたいかというと、「殺処分ゼロ」の社会とは、誰にとっても望ましいものではないということ。動物を愛護する人間たちにとっては「あるべき理想」の姿だけれど、そうでない人間にとっては清潔な町並みを汚すような存在にも映るのだ(作品では何度も、ゴミを漁ったり路上でうんちをしたりする姿が撮られている)。
実のところ、僕も子どもの頃、野良犬が苦手だった。登下校の際に野良犬が姿を見せると、踵を返してしまうほど「恐怖」を感じていて。知らないうちに野良犬が駆除されている現状において、ある意味で「恩恵」を享受しているといえなくもない。
ただ思うのだけど、それでも共存を長く続けていくことにより、野良犬は自然と町に溶け込んでいくようになるのではないだろうか。前述の通り、そのことによってポジティブ、ネガティブな感情が発生するが、だいたいネガティブな感情を持つ人でさえ、ほんの少しの「余裕」というか、受け入れようとする感受の気持ちは芽生えていくような気がしている。(僕は野良犬は苦手だったけれど、犬の存在に「憎しみ」のような感情は抱かなかった。あまりに近くにいたからだったではないか)
大分県にある立命館アジア太平洋大学では、日本人と海外からの留学生が半数ずつ在籍しているという。彼らは「混ざる教育」を標榜しており、授業中から異なる価値観を、半ば無理やり共存させているのだ。きっと入学したばかりの日本人は、すべて英語で執り行なわれる授業に違和感を抱くだろう。また海外からの留学生とディスカッションするにあたって「噛み合わない」といった事態もたびたび発生するはずだ。
しかし彼らは、だんだんと慣れていく。
「厄介」だなと思っていた環境が、ふつうになっていくのだ。
それは、ナショナリズムに傾倒していく社会において、ひとつの処方箋のような役割を提示するかもしれない。
殺処分ゼロとは、犬がかわいそうだからという倫理的な理由で行なわれるものだけど、その効用は思った以上に大きいものになるのだろう。とりわけ「便利」に慣れてしまった日本人が、少しだけ「不便」へと逆行していくわけだけど、そのプロセスにおいて失ってしまったものを回復させていくようなヒントが詰まっているように思うのだ。
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ちなみに映画を観たのは、長野県塩尻市の東座という映画館です。「FROM EAST」という秀作上映会を27年間開催しているそうで、その情熱には感服するしかありません。
当日は、代表の合木さんと少しだけお話できました。映画を愛するとても素敵な方で、立ち寄って良かったなと感じます。近くに来られた際は、ぜひ休憩がてらお立ち寄りください。
(映画館で観ました)
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