人のために「選ぶ」ということ
北海道砂川市に「いわた書店」という本屋がある。
店主の岩田徹さんは、2018年にNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」で取材された。
岩田さんは「仕入れた本を売る」という書店経営の他に「一万円選書」という企画を行なっている。お客さんの趣味、悩み、読書歴などをまとめた資料をもとに1万円分の本を選び、お客さんに届けるというアイデアだ。
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Amazonのようなレコメンデーション機能を挙げるまでもなく、僕らは一般的な購買行動の中で、何かしらのバイアスや評価システムの影響を受けている。
なるべく広い視野で買い物をしようと思っても、あまりに情報が多い現代社会の中で、意思決定上での「助け」は欠かせない。(そういった「助け」が必要ないと思っていても、知らず知らず影響を受けているというのが実際のところだろう)
だが、レコメンデーション等への過度な依存は、セレンディピティの機会損失に繋がる。
いつも同じような音楽を、同じような本を、同じような映画を、同じようなSNSアカウントを、同じようなタイプの推しメンを……
そんな風に、「いつも決まったような」ものばかり選ぶようになる。
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という前提の中で、本に関するプロである岩田さんに選書してもらえるのは、非常に楽しいことだろう。実際に、番組取材時は「選書に3,000人待ちがいる」ほどの盛り上がりだったという。
同様の企画を、出版社の赤々舎も行なっている。
赤々舎とは新人写真家の発掘に力を入れている出版社で、最近では映画「浅田家!」でもフィーチャーされている。写真業界では一目置かれる存在だ。
いわた書店と同様、写真家の目利きに「どんな写真集を選んでもらえるのか」というのは楽しみでしかない。赤々舎の取り組みは「自社ECで購入した人に、もう一冊選びます」ということなので、ちょっとしたお得感もある。
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「特定の視点で収集、選別、編集することで新しい価値を持たせ、それを公開すること」をキュレーションと呼ぶ。
キュレーションという行為自体は、テクノロジーが進化していったとしても、デジタル / アナログどちらの手段も残り続けるはずだ。
個人的に気になるのは、オートマティックだが精度の高いAIが、人の手を介する人間味溢れるキュレーションにどこまで近接できるかということだ。僕は案外、その未来は迫っていると思っている。
なぜならキュレーションは「人のために」ということが前提だからだ。
「人のため」、つまりお客さん側の価値観に寄り添うということは、環境変化によって、選好の画一性が高まれば、AIであっても人間の需要に応えることは可能ということだ。(バラツキが多く偶発性の高いキュレーションを求めるのは、限られた人たちだけになっていく未来になるかもしれない)
このようにキュレーションの手段に注目することは、人の変化にいち早く気付いていくことなのかもしれない。