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アイデアはゼロから作るのでなく、思い出すこと(杉山恒太郎『アイデアの発見』を読んで)

広告と、一定の距離を置こうと決めている。

ミーハーな僕は、ともすれば広告業界の仕事を賞賛してしまう。コミュニケーションが「人を動かす」と同義であれば、彼らのクリエイティブを無批判に受け取ることは危険だ。

適切な例でないことは承知しつつも、ナチスのプロバガンダは広告の「敗北」ではないだろうか。ヒトラーが群集心理の掌握に恐ろしく長けていたのは言うまでもないが、当時なぜ人々はヒトラーの言説に酔狂してしまったのか説明するには不十分だ。答えは仕組みにある。ナチスは宣伝省を作り、広告やデザインを通じて、国民を意のままにコントロールするためのシステムを構築したのだ。

ナチスの卑劣さに加担した、広告やデザインの罪は重い。だからこそ、広告やデザインは「正しいことをしているか?」と常に問い質さねければいけないと僕は思う。

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広告は、「人間」を対象にしている

僕が広告から何かを学びたいと願うのは、広告は「人間」を対象にする営みだからだ。

「月は太古のテレビ」、と云ったいう素敵な言葉を遺してる、ヴィデオ・アーティストのナム・ジュン・パイク。かつて僕は彼の映像編集を手伝っていた。その頃、彼はこんなことを言っていた。「何世紀も経って、今の人間が何を考え何をしようとしていたのか、その為の発掘作業があったとしたら、TVコマーシャルを見つければほぼ理解できるよ」と。それは、興味深い話として今でも脳裏に残っている。

(杉山恒太郎(2018)『アイデアの発見』インプレス、P217より引用、太字は私)

時代によって、人間の価値観は少しずつ変化していく。

その微妙な動きにチューニングを合わせるように、広告は、人間の心情をキャッチするクリエイティブを作ろうとしている。(もちろん失敗もある)

例えば、このLINE MOBILEのCM。

あえて批評的に感想を述べるならば、ただただ「LINE MOBILE」というサービス名を連呼し、認知・関心を無理やり残そうとしているだけだと感じる。そこに深い意図や、作家性の高い表現はない。

やむを得ない事情もあろう。YouTubeのように、ユーザーは最初の5秒で広告を切り替えてしまう。情報社会におけるユーザー行動を見据えた上で、何とか関心を食い止めようという意図が透けて見える。

*

時代ごとの「人間」の心情や行動パターンを見極めながら、最適化された広告が作られていく。知らないよりは、知っておいた方が良いだろう。

世界を変えた50の広告

クリエイティブディレクター・杉山恒太郎さんは、

・小学館『ピッカピカの一年生』キャンペーン
・セブンイレブン『セブンイレブンいい気分』
・AC公共広告機構『WATER MAN』
・井上雄彦スラムダンク『あれから10日後』キャンペーン

などのクリエイティブを手掛けてきた、広告業界の重鎮だ。

杉山さんが著した『アイデアの発見』には、「世界を変えた」50の広告が紹介されている。

Apple、NIKE、PEPSI、Hondaなどの広告に加え、アル・ゴアによるドキュメンタリー映画「不都合な真実」、マーティン・ルーサー・キング・ジュニアの演説「I Have a Dream.」など。

「伝える」ことを通じて世界が変わった事例が幅広く取り上げられている。今も古びておらず、かっこいいなと感じるものが多い。

いくか例を挙げる。

例:エイビスのNo.2広告

レンタカー事業を手掛けるエイビスが1960年代に出したのはNo.2広告と呼ばれるものだ。

Avis is only No.2 in renta cars. So why go with us? We try harder.(エイビスはレンタカー業界の2位です。それなのになぜ私たちを使ってほしいかって?私たちは一生懸命やります)」は、なんとなく業界最大手のサービスを使ってしまうユーザーに選択肢を与えた。

シェア拡大を目指す過当競争時代に疑問符を投げ掛け、企業本来が進むべき道を示している。こんなにも謙虚な姿勢を否定する理由はどこにもない。

例:世界最悪のホテルというポジティブ思考

アムステルダムの安宿、ハンス・ブリンカー・バジェット・ホテルが打ち出した「THE WORST HOTEL IN THE WORLD(世界最悪のホテル)」も白眉だ。

全ての部屋にもれなくドアがついています」などユニークな言葉を添えて、思わず行きたくなるようなシズル感を生み出している。

立派なサービスだけを期待する旅行客ばかりではない。旅を通じて予想外のハプニングを楽しみたい人たちも少なくない。宿泊客は10年で2倍になったという。

アイデアはゼロから作るのでなく、思い出すこと

杉山さんは「アイデアは思い出すこと」だと語る。

自身が手掛けた、井上雄彦スラムダンク『あれから10日後』。

旧知である井上雄彦さんから相談を受けたとき、既にどんなキャンペーンを手掛ければ良いか具体的なイメージを持っていたという。

井上雄彦から個人的に読者を感謝を伝えたいという相談を受けたときから、何をするべきか、その成功のゴールイメージは出来ていたのだ。
「アイデアは思い出すこと」といってもいい。かつての広告を知っていることで、アナロジーが生まれて、頭の中の発想の扉が開き、いわばシナプスがつながるのです。

(杉山恒太郎(2018)『アイデアの発見』インプレス、P88より引用、太字は私)

アイデアとは、机に座っていてひょいひょいと浮かぶものではない。また、長い時間をかければかけるほど、良いものが生まれるわけでもない。

歴史を学び、人間が作った物語を理解し、そしてその物語から我々が自由になることだ」と語ったのはユヴァル・ノア・ハラリさんだが、どんな理屈にも、当人が積み重ねてきた材料がある。

理屈はあくまで理屈だが、凡人が頼れるのは理屈しかないのも事実だ。

僕が何か革新的なアイデアを残すことは現実的でないような気もするけれど、それでも「いつか残せるかもしれない!」と信じているからこそ、インプットを続けていけるのだ。

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その過程で、人間の営みに目を向ける必要があると杉山さんは説く。

ビックデータだ、ビックデータだと、喧しい昨今、顔のない巨大な集団をコンピュータで分析するというイメージが先行しがちだが、データとは実はひとりひとりの人間の営みがつくり出しているものだ。いわば「人の痕跡」。今日、あのセナは生存していないけれど、広告にすることで、生きている人たちに彼の痕跡を体験することを可能にする。この広告は、あらためてそんな気づきを与えてくれる。

(杉山恒太郎(2018)『アイデアの発見』インプレス、P172より引用、太字は私)

杉山さんはTVCMのようなトラディショナルな広告だけでなく、インターネット黎明期からインタラクティブ広告にも携わった経験を持っている。

だからこそ、ビックデータを解析して、人々にとって最適な広告を配信できる仕組みの意義や意味は理解されているのだろう。

だけど、本当にそれで良いのだろうか。と杉山さんは悩んでいるようにも思える。昨今のソーシャルグッドの潮流を「正しそうだけど、面白くない」と感じている杉山さんは、表現が痩せてしまうことに対して危機感を抱いている。

地球外少年少女の感想を書いたnoteでも記したが、きっと近い将来、AIは人間の知能をはるかに超える存在になるだろう。

だけど人間は、知性を手放してはいけない。知性を手放してしまうことはAIに従属することを意味する。

杉山さんはそのことを理解しているからこそ、人間の営みに対して、人間の表現でアプローチしたいと考えているのではないだろうか。

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*おまけ*

杉山恒太郎『アイデアの発見』の感想を、読書ラジオ「本屋になれなかった僕が」で配信しています。お時間あれば聴いてみてください。

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ほりそう / 堀 聡太
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