仕事が楽しそうな人(秋元里奈『365日 #Tシャツ起業家』を読んで)
仕事が楽しいと、理屈抜きで言える人が羨ましいと思う。
楽しいことももちろんあるが、コントロールできないことが山のようにあって。実力以上のことを求められたり、専門外のことに対処したりと、心身を疲弊させることが多い。とりわけ以前の職場では、同意なく地域への転勤もザラにあって、生活が脅かされる恐怖と隣り合わせだった。
あくまで傾向としてだが、僕より上の世代は「仕事とは楽しいものではない」という価値観を持っていることが多い。例えば営業職の場合、期待されているノルマがある。ノルマ達成を目指すべく必死になって働く。達成できれば評価されるが、達成できなければ評価されない。扱っている商品が時流に合うものであれば寝てても売れるが、そうでない場合(あるいは倫理的に売るべきでない商品の場合)、やはり心身を疲弊させてしまう。
家族がいれば、パートナーや子どもの分まで生活を維持しなければならない。家族がいなくても、漠然と将来についての不安は尽きない。それでも「仕事が楽しい」と胸を張って言える人が(時々うさんくさい人もいるが)いるわけで、やはり心から羨ましい存在だと思うのだ。
──
オンライン直売所「食べチョク」を運営する株式会社ビビッドガーデンの代表取締役の秋元里奈さんは、「仕事=楽しい」と考えている人だ。
著書『365日 #Tシャツ起業家 』を読むと、彼女が誇りを持って仕事に取り組んでいることが分かる。
それほど長くはない著書なので、ざっくりと秋元さんの現在までの流れをまとめると、
・引っ込み思案で病弱だった小学校のころ
・中学でバスケットボール部に入部し、内向的な性格を克服
・安定志向の親の意向に反しDeNAに新卒入社
・3年半働いた後、先輩起業家から「いまやらなかったら、きっと一生やらない」と言われて農業の分野での起業を決意。社員ゼロ、売上ゼロからのスタート
・売上はなかなか伸びなかったが、生産者ファーストを貫き成長を遂げる
・コロナ禍、売上が激減する生産者の救世主として信頼を勝ち取っている
という感じだ。
*
本書には「生産者さんたちに貢献したい」という言葉が何度も出てくる。
秋元さんは農業を営む母のもとで育つ。母は「農業は儲からない」と常々話していたようだけど、秋元さんは自分の家の畑で遊ぶのが大好きだったし、誇りにも感じていたようだ。
しかし秋元さんがDeNAに入り、しばらくして実家が農業を辞めていたことを知る。荒れ果てた畑を見て愕然とする想い。他の農家にも話を聞いてみると「子どもには継がせたくない」「儲からないから続けるのが難しい」という言葉が出てくる。
秋元さんの原体験に、農家の悲痛な声が重なる。「食べチョク」が生まれるきっかけとなる出来事は、生産者の悲しみが土台になっている。
わたしは日本の一次産業に貢献したいと思っています。そのために今は“生産者のこだわりが正当に評価される世界”を目指していますが、10年、20年のスパンで貢献の幅をどんどん広げていきたいです。
でも、最初はそこまで壮大な目標を立てていませんでした。元々のスタートは、「困っている目の前の生産者さんに貢献したい」という小さな願い。けれど、全国を駆け回り、さまざまな生産者さんたちの声を聞くうちに、日本の一次産業全体に貢献したいという思いが湧き起こってきました。軸は変わっていないのですが、見ている世界がどんどん広がっていったイメージです。
(秋元里奈(2021)『365日 #Tシャツ起業家〜「食べチョク」で食を豊かにする農家の娘〜』、KADOKAWA、P148より引用、太字は本書より)
もちろん秋元さんの想いだけで食べチョクが成功したわけではない。
本書では、DeNAで培った仕事へのスタンスや、粘り強く投資家と向き合うコミュニケーション能力など、タフでクレバーな秋元さんの才能が見えてくる。
だけど。それでもやはり想いがなければ仕事への熱は入らなかったのではないだろうか。
熱がなければ、全国を駆け回り、農家の信頼を地道に得ていくようなプロセスは歩めなかっただろう。
*
創業から少しずつ信頼を重ね、貢献の仕方が明確になる。できることが増えている今の秋元さん(+食べチョク)にとって、仕事がとても楽しいものだということは想像に難くない。
ただ最初からこの状態になっているわけではない。
秋元さんの歩みを追体験する中で、地道に、少しずつ続けていくことが、大切だと気付く。起業家の新しいロールモデルとして、年齢や性別を問わず、広く秋元さんの軌跡を辿ってもらえたらと願っている。
──
*おまけ*
秋元里奈『365日 #Tシャツ起業家 』の感想を、読書ラジオ「本屋になれなかった僕が」で配信しています。お時間あれば聴いてみてください。
■Spotify
■Apple Podcast
■Google Podcast