異質同士の掛け算を、何度だって繰り返す(佐々木紀彦『編集思考』を読んで)
昔、蕎麦へのトッピングにハマったことがある。
会社近くの蕎麦屋さんでテイクアウトした蕎麦に、コンビニで買った食材をトッピングする。納豆や豆腐、カニカマ、サラダ、キムチ、うまい棒など色々試してみた。見た目は悪かったので、同僚はドン引き……。ちょっとしたクレームも受けて平謝りしたのを記憶している。
だが、僕にとっては真剣な「チャレンジ」だった。蕎麦へのトッピングとして、おおよそ相応しくないものを混ぜてみる。美味しい蕎麦を作ってくれた蕎麦屋さんには申し訳ないが、時々、「意外に美味いぞ!」という味に出会うことができた。
普遍的な価値としてのスタンダードは、確かに重要だ。一方で、現状に甘んじて挑戦を怠ってはいけない。
メニュー、味、接客、店舗デザイン、季節限定のサービス、広告宣伝、ネーミング、グローバル展開……。
企業の目的は、顧客を創造することだ。世の中が驚くようなクリエイティビティは、異質で常識外れなものとの組み合わせで生まれることもある。
蕎麦の話は、瑣末な例かもしれない。
だが普段の生活で、コンフォートゾーンで安寧している自覚があったら危険信号と思った方が良い。常に、何か新しいもの / 新鮮なものを取り入れるようにしたい。
(もちろん逆張りとして、粛々と同じ味を提供し続けると決めるのは、立派な戦略であり意思決定だと思います)
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異質なモノをかけ合わせ、新たなビジネスを生み出す。
佐々木紀彦さんの『編集思考』の副題だ。
ニューズピックスの元取締役で、2014年から「NewsPicks」を牽引されてきた佐々木さん。会員制事業として「NewsPicks」を大きくしたばかりでなく、出版事業や映像事業など、多くのチャレンジを実践されてきた。
現在は、新しく経済メディアを立ち上げる準備をされている。
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佐々木さんは「編集」について、次のように説明する。
編集という言葉にはさまざまな定義がありますが、私は「素材の選び方、つなげ方、届け方を変えることによって価値を高める手法」だと考えています。(中略)
商品やサービスの開発では、とりわけ「編集」が欠かせません。
あらゆる分野で価格や機能の競争は行きつくところまで行っています。現代は、「組み合わせでしか新しいものは生まれない」と言っても過言ではありません。ここ最近のヒットを見ても、何らかの組み合わせによって生まれているものばかりです。
(佐々木紀彦『編集思考』P44〜45より引用、太字は私)
・iPhone = 電話 × パソコン × ネット
・Netflix = テレビ × ネット × ドラマ
・WeWork = オフィス × シェア × コミュニティ
・ポケモンGO = アニメ × ゲーム × 位置情報
というように、組み合わせによって新しい価値が生まれている。
だが、本書を読み進める中で、どうしても腑に落ちないことがあった。
あまりに当たり前すぎるのではないか、と。
例えば、僕が週2回配信している読書ラジオ「本屋になれなかった僕が」。「読書 × ラジオ × キュレーション」という組み合わせだ。再生回数は少しずつ増えているもののヒットとは言えない。
機能重視という典型的な日本型商品は少なくなっていて、iPhoneの隆盛以降、「どういったシーンで商品が使われるのか」という体験価値を意識した商品づくりがなされてきたように思う。
ヒット商品とそうでない商品の違いについて、『編集思考』の中から少しでもヒントを見出せないか考えてみた。
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僕の最終的な解釈は、
・異質な度合いが高いこと
・掛け算は一度だけでなく、何度も繰り返すこと
が、重要であるということだ。
日本国内のiPhoneは「電話 × パソコン × ネット」という組み合わせの中で、カテゴリーキングのポジションを取っている。予算規模が莫大なGoogleやMicrosoftならまだしも、日本のメーカーは同じような戦い方をしても勝算はない。
そんな中、上記2社の取り組みが話題を集めている。
バルミューダは「個性でナンバーワンのスマホ」を目指すという。かつて「Macを使っていると特別感を味わえる」というイメージがあったが、スマホでも同じようなイメージで刷新できたら強い。独自の機能を家電に組み込んだバルミューダだからこそ説得力がある。楽しみでならない。
ライカスマホも楽しみだ。「18万円のスマホを誰が買うのか」という指摘もあるが、実は、容量追加や付加サービスを入れると同じような価格帯になる。「18万円」という値段の独り歩きが奏功するかは分からないが、高級であること、カメラへのこだわりがあることは窺える。市場に受け入れられたとき、スマホのステージはまた一歩先に行きそうだ。
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より重要なのは、掛け算は何度も繰り返さなくてはいけないということ。
言葉では簡単だが、全く異質な変数を加える(掛け算する)のは、企業にとっても相当勇気が要ることだ。
誰でも「こういう風に見られたい」「今のイメージを崩したくない」と思っている。余計なスパイスを投入したことによって、ブランドイメージを損なった事例は枚挙に遑がない。
佐々木さんは、ディズニーを「編集思考のレジェンド」と称え、次のように記しています。
(ディズニーは)紆余曲折はありながらも、100年近くにわたり、コンテンツ界のイノベーターであり続けてきました。
ウォルト・ディズニー自身が、まさに編集思考のレジェンドと言える存在です。自ら絵を描き、ストーリーを紡ぎ出して、映画を創り出すのみならず、テーマパークまで設計してしまう。さらに会社経営も行いながら、毎週のようにテレビ番組に登場する。65歳の生涯を通して、パイオニア精神を持ち続け、チャレンジを繰り返しました。
あまり知られていませんが、ディズニーのすごさは、ストーリーとキャラクターを軸に置きながらも、新しいテクノロジーを貪欲に取り入れていったところにあります。その歴史を振り返ると、ディズニーの繁栄が、ニューテクノロジーの活用と軌を一にしていることがわかります。
(佐々木紀彦『編集思考』P206〜207より引用、太字は私)
異質な変数を加えるのには勇気が要る、と書いた。もう少し要因を深掘りすると、新しいことへのチャレンジにはエネルギーやコストを大量に必要とするし、リスクヘッジを余計に考えなくてはならないからだ。
チャレンジには失敗がつきものだ。
Appleも進化を志向する過程の中で、Newton、廉価版iPhone、HomePod、Apple TVなど、売上がイマイチだったプロダクトも結構多い。
あれほど大きな規模の会社であれば、株主やメディアからの批判も相当なはず。それでも未来を見据えながら、編集思考を駆使して、コンスタントに価値あるプロダクトをローンチできるAppleは、唯一無二の企業と言えるだろう。
「この組み合わせで良いだろうか」「もっとユニークな変数はないだろうか」。そういったことを常にアイデアとして持ち、編集思考を磨いていく。
ビジネスだけでなく、趣味、研究、キャリアや人生設計など、あらゆることに編集思考は役に立つ。
ぜひ、佐々木さんの「編集思考」を積極的に取り入れてもらいたい。
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*おまけ*
佐々木紀彦『編集思考』の感想を、読書ラジオ「本屋になれなかった僕が」で配信しています。お時間あれば聴いてみてください。
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