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聞くことは、技術であり生きる姿勢だ。(ケイト・マーフィ『LISTEN〜知性豊かで創造力がある人になれる〜』を読んで)

「聞く(聴く)」ことが、求められている。

そのことを1980年代に気付いていた小説家がいる。村上春樹さんだ。

『1973年のピンボール』という小説の冒頭は、こんな書き出しだ。

見知らぬ土地の話を聞くのが病的に好きだった。
一時期、十年も昔のことだが、手あたり次第にまわりの人間をつかまえては生まれ故郷や育った土地の話を聞いてまわったことがある。他人の話を進んで聞くというタイプの人間が極端に不足していた時代であったらしく、誰も彼もが親切にそして熱心に語ってくれた。見ず知らずの人間が何処かで僕の噂を聞きつけ、わざわざ話しにやって来たりもした。(中略)
理由こそわからなかったけれど、誰もが誰かに対して、あるいはまた世界に対して何かを懸命に伝えたがっていた。それは僕に、段ボール箱にぎっしりと詰め込まれた猿の群れを思わせた。僕はそういった猿たちを一匹ずつ箱から取り出しては丁寧に埃を払い、尻をパンと叩いて草原に放してやった。彼らのその後の行方はわからない。きっと何処かでどんぐりでも齧りながら死滅してしまったのだろう。結局はそういう運命であったのだ。
(村上春樹(2004)『1973年のピンボール』、講談社文庫、P5〜6より引用)

ここだけ読むと、「聞く」ことは不毛というメタファーのように思われるかもしれない。それは半分正解で、半分不正解だ。

事実、冒頭から間もなく「僕」は「直子」の話を聞くシーンが展開される。「直子」とは『ノルウェイの森』の原型となる人物であることは間違いない。本作での「直子」はすぐに消えてしまうけれど、「聞く」ことを通じて、「僕」にとって、あてのない旅が続いていく。

それは「僕」四部作の『羊をめぐる冒険』『ダンス・ダンス・ダンス』にも通じる。考えてみれば「僕」は、自分の主張を控えめにしながら、振り回されるように「聞く」を通じて翻弄される。

半分正解と書いたのは、やっぱりそれは不毛ということかもしれない。だけどどんな仕事にも「雪かき」があるように、不毛な中に、譲れない大切なものがあるという捉え方もできるわけだから、それは決して不毛ではないと僕は半ば信じたいと思っている。

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話が逸れた。

今回のnoteは、ケイト・マーフィさんの近著『LISTEN〜知性豊かで創造力がある人になれる〜』について感想を記していく。

今年9月にWebサイト「ふつうごと」を始めた。記事執筆のためには取材をする必要がある。

取材とはその名の通り「材料を取ってくる」ということだ。インタビューを通じて材料を取ってくるような取材もあれば、SNSから投稿を切り貼りして記事にするような取材もある。

だけど、どの取材にも共通しているのは「聞く」姿勢ではないだろうか。

この人は何が言いたいんだろう、あるいは何を隠そうとしているのだろう。

うわべで聞いているフリをしているのは「聞く」とは到底言い難い。非言語コミュニケーションも含めて、相手の本意を察することが「聞く」ということなのだ。

会話の感受性が高い人は、離された言葉に注意を払うだけでなく、そこに隠された意味に気づいたり、声のトーンの微妙な変化を察したりするのに長けています。
人の力関係に気づくのが得意で、うわべだけの好意もすぐに見抜きます。
(ケイト・マーフィ(2021)『LISTEN〜知性豊かで創造力がある人になれる〜』、日経BP、P256より引用)
(リンドン・ジョンソン元大統領は)常にしゃべっているとみんな思っていますが、こうした録音テープを聞くと、最初の数分間はまったく話さないことが多いのに気づきます。彼の声は聞こえますが、言っているのは“うん、うん”だけです。それで、もしや、と気づいたんですよ。ジョンソンは、相手が本当は何を求めているのか、本当は何を恐れているのかを『聴いて』いるのです。
(ケイト・マーフィ(2021)『LISTEN〜知性豊かで創造力がある人になれる〜』、日経BP、P271〜272より引用)

聞くことが、何にも増してクリエイティブな行為とは僕は思わない。だけど過小評価されているのは間違いない。

聞くことは、技術だ。

技術なので、ある程度までは、意識的に向上させることができる。聞くことが苦手な人でも、本書を手引きに、じっくりと自他の声に耳を傾けてほしい。

そして、聞くことは、生きる姿勢でもある。

これを蔑ろにして、どんな風に他人と協働できるだろうか。話したいことは山ほどある。だけどそれは他人も一緒なのだ。だったらフェアになるしかない。半分ずつ話し、半分ずつ聞き合おう。

そこに年齢も性別も国籍も関係ない。いくらあなたが一番情報を持っていても、その場にいる「価値」はみな均等なのだ。

聞くことを通じて、学べることはたくさんある。

否。聞くことでしか、学べないことが確実に存在するのだ。

聞こう、今すぐに。

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ほりそう / 堀 聡太
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