不満がなければ幸せなんだよ、多分
朝の光が包み込む中で産まれた
さくらが満開の8時15分
小さめの身体で産声をあげたのが、このわたし
春の期待を気温や風で覚える時季
まばゆいときに産まれてきた
さくらが咲き並んで、朝の空気は新鮮で
生まれだけは、カリスマ性を感じる
そこだけね
ついでに言うと、本名も希望に満ち溢れた
大和言葉の古風な名前
人生の幕開けは、我ながら良いと感じる
人生のクライマックスは産まれた時なんじゃないか
それはそれで感謝している
生まれてしまったからには、個として生きる訳で
とにかく周りの人達に恵まれて、幸せで
わたしの幸せの概念は
現状に満足、あるいは不満のない状態であること
今、不満はないけど、満足を求めることはある
でも不自由はないから、幸せの範疇にある
なので不満がない状態が基準で
欲を言えば、もう少し満足したいかな
その不満がない状態のハードルも
歳を経る度に下がってきて
ありふれた日常から十分得られるようになってきた
より「今に不満がない=幸せ」という状態を
確立していく途上にあるのかなぁって思うけど
今は幸せかな
来年のために落ちる葉を見ながら
枯れ葉を集めて焼く芋は美味しいだろうな
…こういう想像するのが、幸せだったりする