短編: 死神の愛玩物
もっと警戒すべきだった。
誰にでも愛想が良く、素直で小動物のような仕草。
可愛いの代名詞のような彼女。
いつも見かけるだけで話したことがない彼女と、
たまたま休憩が一緒だった。
「お疲れ様です。何か飲みますか?」
彼女の方から声をかけてくれ、
俺が飲みたいものを聞いてきた。
「コーヒーを。ブラックでお願いします」
承知しました、と共に
「私、コーヒーを淹れるのに拘りがあるんです」
軽やかな手つきと、けして俺に踏み込まない、
無難な会話。それでいて肩の荷が降りるような、自然な振る舞い。
「ふふ」
口を人差し指で塞ぐ、上品な笑い方。
こんな女だから、誰しも魅了されて交際を申し込むのか。噂話を思い出した。
彼女の笑顔は、冬の寒さを忘れさせてくれる陽だまりで、しかし瞳の奥底には不安が見える。
彼女の周りにはいつも人が集まり、彼女の魅力に引き寄せられる人々が絶えないのに。
彼女が淹れたコーヒーの香りが漂う中、彼女の話や笑い方に心を奪われていく。
でも、周囲の噂話が頭をよぎる。
思い切って彼女に尋ねてみた。
「付き合っている人はいるの?」
彼女は少し驚いた顔をし、はにかみ言った。
「いいえ、誰とも。あなたはどう思う?」
彼女の真剣な眼差しに触れるたび、心の中の警戒心は少しずつ解けていく。彼女の純粋さが噂を打ち消し、彼女が俺に向ける視線が特別なものであるかのように感じられた。
「どうぞ」
休憩室には不似合いなコーヒーカップ。
「待って。
コーヒーが美味しくなる魔法をかけますね」
そう言って彼女はカップに手をかざす。
言葉は俺にとっての幸運の兆しになるはずで、
「ありがとう」
彼女は嬉しそうな顔をする想定をしていた。
熱を帯びた息が荒くなり、無性に彼女へしがみつきたい。
俺は確信した。
彼女はただの可愛い女ではなく、人の行く末を苦しくさせていく存在。
「ダメですよ、こんな所で」
そう言いつつ、彼女は俺に手を差し出した。
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