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短編: 裏切り者はどっちだ

 コーヒーチェーン店の端に座ると、
周囲の喧騒が遠のく。

 マスクを外さないのは僕にできる唯一の社会貢献だと思っている。

 小さい頃からガマガエルやブツブツ星人と呼ばれ、暴力にさらされた。
登校できない日も多かった。その影は今も僕の心に傷となっている。

 この店では栗色の髪をした、目の大きい、色白の女性が僕へ丁寧に接してくれた。
 彼女の美しさに心は惹かれ「細かい営業努力だな」と思いつつも、彼女の微笑みが温かさをもたらした。

 あるとき、レシートに「17時に上がります」と書かれたメモを見て、期待と不安が交錯した。

 17時前に店を出て、裏口で彼女を待つ。
心臓が高鳴り、手のひらは緊張して汗ばんでいる。

「お待たせして、すみません」
駆け寄る彼女の姿を見て、騙されているような感情が湧き上がった。

 瑠美と名乗った彼女の言葉は、店にいるより低い声で僕自身に直接響くようだった。

「前々からあなたが好きでした」
付き合ってくれと続いたセリフは、美人局に遭った気がした。

 付き合ううちに、瑠美は僕に献身的に尽くしてくれた。正直、母親が作る炒飯より瑠美が作った飯は美味い。
 彼女の思いやりは長い間閉ざされていた心の扉を少しずつ開いていく。
1年が経つ頃には両家への挨拶の話も出ていた。

 しかし感情は何かで動き始めた。
「本当にこのままでいいのか?」
疑念が静かに忍び寄ってきた。

 ハロウィンの夜、瑠美が
「結婚する前に、本当のことを打ち明けたい」

 バッグからスマホを取り出し、画面に映し出されたのは、瑠美に似ても似つかない別人で、たとえようのないデブスだ。

 気持ちが急激に萎えて、混乱が押し寄せてきた。「どういうことだ?」
問いが頭の中をぐるぐる回る。

 瑠美は整形に1500万円かかったことやバイトを掛け持ちして貯金をしたこと。
努力してダイエットをし、今の自分になったことを語った。

 瑠美の目に映る怯えが僕の心をさらに揺さぶった。彼女が「ごめん」と僕の頬を触る。
肌の温もりを感じたが、真実に対して生理的な拒絶をしていた。

 心の中で迷いが始まった。
彼女の愛情は本物なのか、それとも作られたものなのか。良心と怒りが交錯し、瑠美の手を振りほどいてしまった。

 彼女の目に宿る驚きと寂しさが僕の心を更に深く傷つける。

「どうして、どうして裏切るんだ」

 僕の想いが身体の奥で叫んでいた。いや、実際に叫んでいたと思う。
無我夢中で全裸の瑠美をアパートの廊下まで引き摺り出した。

 結果として瑠美は逃げられず、悲劇が起きてしまった。
 我に返った僕の両手に鮮血が滴る消化器がある。

 僕はその後、刑務所に入ることになった。
出所後も納得できない思いから逃れられない。

「本当の被害者は誰なのか?」
自問自答する日々がループする。

瑠美の完成された美顔と彼女が抱えていた真実が、今も僕の心を縛りつけている。