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noteで漂流じゃん〜神宮寺凌ver.

 ライターを点ける手が悴んで、指が思うように動かない。衝立のある喫煙所は、風よけの役目を感じないほど寒い夜。

 三葉亭八起と別れたあと、ヤツの声が耳に残る。小説が落選し、声が震えた三葉亭へ俺は上手く返事ができていただろうか。
 声色や口調まで硬く、普段と違った三葉亭へ、創作サイトの厳しさを勉強した。

 『note』は、AIの使い方を検索すると出てくるので、てっきり、ビジネス系やマネタイズなどの情報サイトだと思った。

 そして、作文の延長線にある下手くそな小説テイストが並んでいるとばかり思い込んでいた。
「創作大賞ね……」

 吐く息が白いのは寒さのせいか、煙のせいか。それさえ分からないほど凍てつく夜。

 三葉亭の声や気持ちが凍り付き、創作への理不尽と血圧が上昇し、悔しさと虚しさが滲む、
「……私、書くことが向いてないのかな」
あの声になったのかもしれない。そして三葉亭の言葉へ、他人事と思えず喉元が締まり、すぐに返事ができなかった自分の無力さ。
 

 思い返せば二十代の俺たちは、面白いとは何かを話し合った機会があった。
 あの頃の三葉亭は少年のような瑞々しさとシャボン玉の心を持っていた。



 あれは文学フリマが終わった翌日だった。
思ったより著書が捌けなかった三葉亭は、
「おもしろいとはなんだと思いますか?」
たったこれだけをメールで寄越した。

 唐突な質問へ
「三葉亭くんのおもしろいとはなんですか」返信すると
「古墳と哲学、それに……ドストエフスキー。
変かな?」
ストレートな返しに鼻から息が漏れた。

「次の休みが合う日に会いませんか」
俺から精一杯書ける返信だった。



 ゴールデンウィークの最中、会いたいと三葉亭はメールをしてきて、夕方の河原で待ち合わせした。

「これ、やってみようや」
三葉亭に差し出したのは、百均で買ったシャボン玉。幼児が遊ぶ、アレだ。

「イヤですよ、恥ずかしい。私をいくつだと思っているんですか? バカにしてます?」
薮睨みし、口を尖らせた三葉亭を無視して、ピンク色の容器にストローを突っ込んだ。

 大人の息では膨らまないシャボン玉。
ストローの先へ液体が散り、不発を連続しているのを、「じれったい」
三葉亭は俺が渡したパッケージを破り、シャボン玉を膨らませて見せた。

「神宮寺くんは息が強いんですよ」得意気な顔で、大きなシャボン玉を作り、水面へ向かうシャボン玉を尻目に小さなシャボン玉を連続して吹き、
「やべー、オレ、上手いかも」三葉亭が素を見せながら、夢中でシャボン玉を飛ばした。

 河原へ遊びに来ていた、見知らぬ子ども達が近寄ってくる。幼い両手でシャボン玉を掴もうと、地面から飛び跳ねて、それを見て三葉亭は笑っている。

 俺も柔らかい息でシャボン玉を作り、集まる子ども達へ吹いてみせた。

「なぁ、『おもしろい』って自分が面白そうだと人が付いてくるもんじゃないの」
破顔したままの三葉亭が「ん?」振り向き、
「今、いいところだから待ってて」
ああ、三葉亭に説明しなくていいか。



 アイツはもう、シャボン玉は吹かないだろうな。

 賞レースのトラックで大勢が走る中、他人のペースばかり気にしてしまう自分。
 創作も、気に入ったフレーズを書き上げ満足する自分と周りの出来栄えに一喜一憂するのが、どうしても俺にはリンクして捉えてしまう。

 三葉亭の話を聞いていると、創作の競争社会は、様変わりしたようで、マラソンから騎馬戦か。
「なんだよ、それ」
作家の登竜門ではなく、サイトの賑やかし。消耗品として扱われているのかと疑念まで抱く。

 それじゃ、無駄にエネルギーを代謝している連中もいるのか……。

 酒やタバコより中毒性があって害悪なもの。
でも、書くのはやめられないんだよな。書くことが好き。書くことがアイデンティティ。

 俺はなぜ、創作を止めないのか。
好きだから、やめられない。惚れた女に理由なんていらないのと同じだ。ただそこにいてくれるだけで、どうしようもなく惹かれてしまう。

 吸い殻を揉み消しながら、まだこの寒さを受け入れらずにいる自分に気づいた。

#山根あきらさん
#漂着じゃん

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