新しい作家に出会ってしまった〜河崎秋子「絞め殺しの樹」
”新しい作家”と言っても、2015年デビューで十作以上の小説を上梓している河崎秋子。しかし、私にとっては”新しい”。
本屋巡りではあまり目につかず、昨年出た「清浄島」について、故北上次郎始めいくつかの書評を見たのがきっかけである。気になった作家なので、何か一冊と思い手にしたのが「絞め殺しの樹」である。
<シメゴロシノキ>、例の最強電子辞書で一括検索をかけてみるとお、国語系辞書はどれもヒットせず。唯一掲載されていたのが、「旺文社 生物事典」、<気根や枝が宿主の木に巻きつき、宿主の木を弱らせたり枯らせたりする木」とある。タイトルの意味は、本作の中で掘り下げられる。
昭和十年、十歳のミサエは新潟から根室に移ってくる。根室は彼女の生地だが、記憶はない。親のいないミサエは、新潟の親戚に引き取られていたが、祖母が世話になっていた吉岡家に請われて貰われたのだ。吉岡家は新潟から屯田兵として入植、吉岡家の下働きだった祖母も同行した。
吉岡家がミサエに期待したのは労働力である。家事、乳牛の世話。こうした苛烈な環境の中で育つミサエの姿を小説は描く。
読みながら、この作者はなぜにこんな辛い物語を書くのだろうと考えていた。それは、読み進むうちに私なりに分かってきた。戦前・戦後の根室という、今身近にある世界とはかけ離れた時空の物語ではあるが、そこには普遍的なテーマが垣間見られる。
それはともかく、大河ドラマと言ってよい展開が、小気味よいテンポで過不足なくまとめられていく。それが、読む物を引き込み読み始めると止めることができない。
河崎秋子のツィッターを見ると、自己紹介には、<文筆業。元羊飼い>とある。WEB本の雑誌のインタビューを見ると、彼女は北海道の牧場に生まれ、ニュージーランドでめん羊飼育を学び、帰国後実家の牧場でめん羊生産を始める。その後、作家との二足の草鞋となるのだが、その頃の様子をこう語っている。
ちょっと、ミサエの生活に通じるところがある。なお、河崎秋子は作家に専念することになり、今に至っているようだが、牧場での生活を含め、北海道という環境が他の作品も含めバックボーンになっているようである。
”新しい作家”、河崎秋子。もう少し読んでみたい
蛇足だが、本作は2022年上期の直木賞候補になった。(受賞作は窪美澄「夜に星を放つ」) 選評をまとめてくれている便利なサイトがあり、ちょっと覗いてみた。選者の一人、高村薫のコメントは「評者以外のほぼ全員が女主人公の意志の弱い生き方についていけない、という意見だった。(後略)」。強い意志を持って、自分の進む道を決められず、流されてしまう人が、現実世界では多いのではないかとも思う。それは、必ずしも不幸なことではない