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坂東玉三郎はお蔦と“生き霊“になった〜錦秋十月大歌舞伎

10月26日、錦秋十月大歌舞伎の夜の部に出かけた。

お目当ては、片岡仁左衛門・坂東玉三郎の共演による「婦系図」。原作は泉鏡花、新派の上演で有名な作品である。私のように未見の人間にとっても、お蔦・主税(ちから)の別れの話であること、そして有名なセリフ「切れろ別れろは、芸者の時に言う言葉」くらいは知っている有名な芝居である。

別れの場「湯島境内」がハイライトだが、原作にはない場面で、新派が劇化した際、泉鏡花自身が戯曲として書き下ろした。

仁左衛門は、これまで早瀬主税を5度演じており、先代・当代の水谷八重子、波乃久里子と共演してきた。今回は、玉三郎がお蔦を初めて演じる

学者の主税は、酒井俊蔵(坂東彌十郎)に師事している。スリを働いていた少年の頃の主税を救ってくれた恩人でもある。一方で、主税は柳橋芸者のお蔦と世帯を持ち、そのことを内緒にしている。

「柳橋柏家」の場、芸者の家で酒井は小芳にお蔦の現状を尋ねる。この時の小芳の反応が良い。知っていながらとぼける、さすが中村時蔵と思ったが、6月に息子に名跡を譲り、今は萬壽だった。

酒井は関係を疑い、主税を問いただす。仁左衛門の主税、それはそれは身を縮めていて、弱い立場を体現している。お蔦との関係を見抜いた酒井が別れるよう命令、「自分を取るか女を取るか」と迫る。主税はそれには逆らえず、湯島天神の境内で、別れ話を持ち出すことになる。

普段は人目を忍ぶ関係で、二人で外出などできかったお蔦は、事情を知る由もなく、二人のデートにはしゃいでいる。玉三郎のお蔦は、元芸者の風情をかもし出しながら、愛おしい女性である。そして、別れの宣告からの悲劇。

後半は、玉三郎監修による「源氏物語」。こちらも素晴らしかった。第九帖「葵」からの舞台、光源氏(市川染五郎)の子をみごもった葵の上(中村時蔵)だが、体調がすぐれない。比叡山の僧が祈祷をほどこすが、物の怪あるいは生き霊の仕業と。

玉三郎の役どころは、六条の御息所。源氏が三ヶ月もの間渡りがないことを嘆き、ついに源氏がやってきて喜び、葵の上と自分の競合を比較して“日陰者“と落胆。そして、その嫉妬心が燃え上がり、ついには生き霊となっていく。

いやぁー怖い。玉三郎、本当に物の怪になったかと思うほどの迫力。事実上の一夫多妻制、“不倫“などという言葉がなかった時代にあっても、人の心というものは今とさほど変わることはなかった。いや、そうした時代であるからこそ、むしろ人を羨む気持ちは今以上に大きかったのかもしれない。それが、“生き霊“の正体なのかもしれない。

大和屋・坂東玉三郎、74歳にしてますます神がかっている。12月には泉鏡花原作「天守物語」。当たり役の富姫を自身の演出で上演する


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