見出し画像

名作を現代につなげた、カズオイシグロ版「Living」(おまけ)〜字幕にも“リスペクト“が

「生きる〜Living」について、2回に渡って書いたのですが、一つ書き忘れたことがあります。
引き続き、多少ネタバレなので、ご留意を。

記事の中で、カズオイシグロの脚本にあたったことを書きましたが、きっかけは “infatuate“という単語でした。

余命が長くないことを知った主人公ウィリアムズは、若い女性マーガレット・ハリスを連れて出歩くのですが、パブのテーブルで彼女はウィリアムズにこう言います。

“ I know it's innocent, I'm not implying anything. But you are, well, much older than me and...
Well, frankly, Mr. Williams. Someone might suppose you were becoming... infatuated! "
(下線はシナリオの表記)

字幕は正確に覚えていませんが、こんな感じでしょう;
「変なことを考えていないと思うし、私はなんとも思っていないけど、あなたは。。。私よりもずっと年上でしょう。んー、はっきり言って、ウィリアムズさん。他人が見たら、あなたはー"infatuated"」

このの“infatuated"という言葉を、字幕は「“おいらくの恋“に落ちていると思うかも」と訳しているのです。(実際、ミス・ハリスと一緒にいる所を隣人が見かけ、ウィリアムズの息子の妻に告げ口する場面があります)

これに対して、ウィリアムズは、こう応えます。

" Infatuated. I suppose, in a way, I am.
But not quite as some might suppose."

「“おいらくの恋“。ある意味、そうかもしれん。しかし、他人の想像とはちょっと違うね」

私は“おいらくの恋“などという単語が英語にあるのかと思い、調べようとしたのですが、"infatuate"という言葉が正確に思い出せずに、脚本を探してみたのでした。

“infatuate“を辞書で調べると、<•••の思慮を失わせる;のぼせあがらせる、夢中にさせる>(リーダーズ英和第3版)とあり、受動態の“infatuated“も、単独で見出し(形容詞)としてあって、<ぼうっとなった、のぼせ上がっている;[女などに]夢中になった、うつつを抜かしている>(新英和大辞典第六版)と出ています。学習辞書のジーニアス英和(第5版・電子辞書版)には、動詞“infatuate“としては見出し語として採用しておらず、受動態の形容詞のみですので、こちらの使い方が一般的のようです。

細かい話はさておき、どの辞書にも、どの見出しにおいても“おいらくの恋“という訳は出ていません。「他人が見たら、のぼせあがっているように見えるかも」と訳せば良いのでしょうが、“おいらくの恋“という言葉を当てはめる、上記のシチュエーションにあっては、見事な翻訳です。

この後、オリジナル版「生きる」(1952年黒澤明監督)を観たのですが、同様の状況が展開される中、その中の若い女性(小田切みき〜TVドラマ「チャコちゃん」四方晴美の実母)セリフに“おいらくの恋“という言葉が使われていました。

「生きるーLiving」は、字幕までオリジナルへのリスペクトを忘れなかったのです。凄いですねー



いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集