四十九日を迎えました
皆さん、こんにちは。
昨日11月1日、息子の「四十九日」を無事迎えました。
月命日の時もそうでしたが、息子が旅立ってからあっという間に月日が流れます。
改めて、私たちに起こることが “幸であろうが不幸であろうが” 同じように時は流れ「それでも人生は続いていく」ということを実感します。
また「喪主」として迎える四十九日ということで、家族・親族との関わり方や、これまであまり関心がなかった仏教に対する向き合い方など、様々なことを学び、気づかされたことが多かったです。
(流石にこの歳で、喪主…しかも子どものを務めるとは思いもしなかったですが…)
「悲しみを乗り越える」
「傷が癒える(消える)」
といった表現を、この天使ママパパ界隈含め、大切な人を亡くした時によく聞きます。
しかしながら、息子が旅立ち49日経過した時点の私のとしては、
「傷は癒えないし、悲しみも乗り越えられない」
という感覚です。
ただこれは、 “悲観的” な意味ではなく
「癒えたり乗り越えたりするものではない」
という表現が近いかもしれません。
おそらく、私がこの世を旅立つその日まで、「傷」や「悲しみ」はずっと私の中には存在し続け、私が息子を意識したタイミングで感情や想いは、いつになっても込み上げると思います。
「共存していく」というと変な表現になりますが、消えたり乗り越えたりするものではなく、どう向き合い、そしてどう付き合っていくのかなという感覚です。
「無性に会いたくなる瞬間」はまだまだありますが、悲しみに暮れるということはほぼないですし、それこそ毎日息子に想いを馳せますが「喪失感、執着」などはなく、「感謝」です。
息子も、悲観的に日々を過ごす両親を見たくないでしょうし、前を向いて人生を謳歌している私たちであってほしいと願っていると思います。
それに、天国の息子から見て「カッコイイ父親」で在りたいですしね。
息子の物語も【NICU編】に入り、いよいよここから「『完全大血管転位症』の手術」と「ECMOでの闘いの日々」を迎えます。
元々この辺りの話を中心に書く予定でしたが、それまでの激動の日々を書いているとつい感情が入り、どんどん増えてしまいました。
(本来、四十九日までに終わらせる予定でした)
ここから先の話は、私の感情もかなり揺さぶられ、人生で1番しんどい局面になっていきます。
書くのに時間を要するかなとも思いますが、お付き合いいただけると幸いです。
また、フォローやスキをしてくれる方、本当に励みになっています。
アプリ外からも多くの方々が閲覧してくれているようで、息子の人生を知っていただけて素直に嬉しいです。
(…アプリ登録してフォローしてくれたらもっと嬉しいですが☺笑)
皆様今後とも宜しくお願い致しますm(__)m
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