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妊娠⑱|いよいよ大詰め


前回の自己貯血から四日後の「8月19日」。

この日は「医療チーム面談・妊婦健診・助産師外来」という一日だった。


まず最初は、医療チームとの面談から。
今回で3回目となるが、2回目に担当していただいた “重鎮医師” だった。

改めて、エコーでも確認していても、相変わらず胎動が凄い(笑)
(「凄い元気!」と毎回言われるのが恒例化している)

懸念されていた体重も、数字的には「2,000g弱」まで来ていたが、先述の通り、頭の横幅が出ていないため、実際は「2,000g」は超えているだろうという見解だった。

目安だった「週数」を超え、さらに「体重」も到達間近。

さらに、このまま発育曲線に沿っていけば、37週の出産時点で「2,500g」は超える計算になるとのことで、改めて母子共に本当にここまでよく頑張ったなと思うと同時に、だいぶ肩の荷が下りた感じもした。


しかしながら「完全大血管転位症」は指定難病。
高度な医療技術が必要とされる “大手術” には変わりない。

あとは、生まれてからの検査で、身体の機能・容態がどうかというところ。


ただ、医師からも「100%治る病気」という明言こそなかったが、

「きちんと手術して対処していけば、健常児と同様に生活できる子がほとんどだから、みんなで最善を尽くして乗り越えましょう」

と改めて話しをされ、私たちも、過度な心配や一喜一憂をせずに、“100% 息子を信じる” という気持ちがより引き締まった。


そして、全3回の面談は終了し、妊婦健診へ。


主治医からも、

「全前置胎盤の妊婦で、ここまで警告出血もなしでこの週まで来たのは見たことない。本当に経過が順調で良かった」

と言うほどに、“35週まで警告出血がない” というのは、かなり珍しいことのようだった。


これはもう「妻の意志の強さ」であり、「母は強し」ということを体現していると私は思う。

そして、“私の妻だからこそ”、幾多のイレギュラーがありながらも、ここまで順調に来れたのだと確信している。


やはり、母親というのは

「偉大であり、愛の象徴であり、絶対的存在」

なんだと、まざまざと感じる。


出産予定日の「9月2日」まで、残り二週間を切っている。

経過は非常に順調であり、残りは「自己貯血2回目」「麻酔科外来」の最低限の通院のみとし、安静にする時間を多く確保していく方針となった。


最後は、助産師外来。

これは入院のための最終確認で、入院当日(前日の「9月1日」)の動きや出産当日の家族の動き、面会時間などを質疑応答のような感じで行う。

初めての出産である身としては、こういった1つ1つ解消してくれる場を作ってくれるのは本当にありがたかった。




そして、すべて終了し病院を後にし、その足で私の実家に向かう。


ちょうどこの日は「私の母(ばあば)の誕生日」。


真ん中の弟と、地方に住む末弟も帰省しており、今回はさらに客人も招き入れ、みんなでお祝いをした。

状況的に長い滞在はできなかったものの、先述の通り、実家は我が家から近く、身体もリラックスできる環境は整っており、妻としてもリフレッシュする機会となった。

そして、そこでも我が子の胎動は相変わらずで、ばあばの誕生日をお祝いしてくれていると共に、この楽しい空間に同調しているようで、凄く微笑ましかった。
(家族がお腹に手を当てると、ピタッと止まるのもまた面白い)


乳幼児と携わる仕事を長年している母。

そんな子どもが大好きな母にとって「自分の孫」という存在が誕生する。

どれだけ愛おしく思っていたか、親となった今だからこそわかるし、お腹の中で一緒にお祝いが出来たということは、私の母にとっても思い出に残るバースデーになったのではないかと思う。




2週間を切り、いよいよ大詰め。

「全前置胎盤」「完全大血管転位症」と懸念点は0ではないものの、私も我が子の誕生が待ち遠しくて仕方なかった。


引き続き「最善を尽くしてやり切る」。

そして「『夫婦として最後の2人時間』も楽しみながら、息子の誕生を待とう」と妻とも話し、その日は眠りについた。


つづく



みんなのフォトギャラリー 「お祖母ちゃんと孫」


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