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‘たんぽぽ日和’は‘しあわせ日和’―森乃おと『たんぽぽの秘密』(雷鳥社)

たんぽぽが好きだ。
いつからだろう。
ずいぶんと前から。
もしかしたら、生まれる前からかもしれない。
たんぽぽが咲きはじめる季節が、毎年楽しみで仕方がない。

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楽しみで仕方がないといいながら、その季節以外は、この気持ちを忘れてしまいがちだったりもする。ある日、河川敷をジョギングしていて、つやつやとしてきた緑の間から、黄色いお花がひょっこりと顔を出しているのを発見すると、「嗚呼!春が来るぞ!!」と、走る速度があがり、またこの気持ちが再燃する。

2月のはじめに体調を崩した。10日以上も寝込む羽目になり、その間ずっと走れなかった。こんなに体調が悪くなったのは本当に久しぶりだ。日に日に体力が落ちているのを感じ、床にさす光を心地よく感じながらも、こんな陽気の中、走れないことをもどかしく思った。もともと、わたしは運動が苦手だ。だから、体育の授業は大嫌いだった。特に、球技。ドッジボール。ボールをあてあうなんて、なんて野蛮な競技なんだ!と、当時は、理解しがたかった。跳び箱だって何のために箱をとばにゃならんのか、そもそも、なぜ、ブルマなのか(わたしが小学生の頃は、まだブルマだった)、恥ずかしいだけではないか、なぜだ、なぜなんだ・・・と頭でぐちぐち考えて、体は全くついてこなかった。もちろん、走るのは遅かった。競争なんてしなくても、ビリになるのは分かっていた。そんなわたしが、今では走ることが生活の一つの軸になっていて、走れない日はモヤモヤしてしまうという事態である。10キロ、15キロはそんなに疲れずに走ることができるようになった。これは、本人を筆頭に、幼少期からわたしを知っている人たちが大いに驚くべきことなのである。

今日もウエアに着替え、シューズを履き、紐をきゅっと結びなおす。イヤホンを装着し、自分の‘趣味’すぎるプレイリストを再生し、走りはじめた。今日は軽く30分くらい走ろう。だいたい5キロだ。体があたたまり、その日のリズムをつかむまで、少し時間がかかるけれど、えいっ!と走りはじめる瞬間は大好きだ。体がふわっと浮く、あの瞬間。

商店街を抜け、開店前の鯛焼き屋さん、いつか行ってみたいボクシングジム、100円の自動販売機、まだ1回しか行ったことがない図書館の横をまっすぐ走って、心臓破りの階段をかけのぼり、荒川沿いの河川敷までやってくる。川にでると、一気に太陽の光がこちらに向かってきて、風のかおりや感触もかわる。「きもちいい!」。街の中を走るのも景色が刻刻と変わり、おもしろいけれど、やはり気持ちよさでは、川沿いがバツグン。信濃川の近くで育ったから、海よりも山よりも、川が体になじみやすいというのもあるかもしれない。

全身に風を感じ、下腹を意識し、腰骨をたて、肩甲骨から腕を振る。フォームと呼吸が整うと、わたしの頭の中は、仕事のことで頭がいっぱいになる。走っている時に良いアイディアがおりてくることが多い。体の気持ちよさが、きっと頭にも良いんだろうなあ。

「あ!たんぽぽだ!」
走りはじめてほどなくすると、たんぽぽが咲いているのを発見する。頭の中で1人会議が行われていても、黄色い花は見逃さない。

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今年も春が来た。
たんぽぽをみつけると、とてもあったかい気持ちになる。その答えは、きっとかわいらしい色にあると思うし、まるっこい花にあると思うし、放射状に広がる葉にあると思うし、綿毛という旅人に姿を変えるところにもあると思う。太陽に向かって、ぐんと精一杯咲く姿は、かわいらしいとともに、すさまじい生命力をビシビシ感じる。たくましい。たんぽぽに限らないけれど、コンクリートの隙間から、にょきっと生えている雑草と呼ばれる彼らを見ると、なんとも元気が湧いてくる。そんな植物たちの、たくましさと力強さに触れることも、わたしの日々の走りの活力になっているのかもしれないな。

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ああ、今日は春の中を走れたよ!と帰宅し、シャワーを浴びる。タオル一枚のまま、おもむろにtwitterをチェックすると、タイムラインに『たんぽぽの秘密』(雷鳥社)が刊行されたよ!という情報が流れてきた。川沿いで春に遭遇した日に、こんな本との出会いがあるなんて。縁を感じる。

早速、本屋さんにでかけて、『たんぽぽの秘密』を購入した。
元書店員のわたしは、この本は、一体、どのコーナーに展開されているのだろうと、想像を巡らせながら店内を探しまわった。本屋さんに行くときの楽しみのひとつである。この本屋さんは、この本を、一体どのような文脈でみせるのか。ちなみに、わたしが購入した本屋さんは、理工系の棚に『たんぽぽの秘密』は平積みされていたよ。ささきさんのイラストレーションが目を惹く装丁は、他の本の中でもひときわキラキラして、そこだけ春がぱっと咲いていた。

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わたしはたんぽぽのことが好きなくせに、その素性を全く知らない。好きになっちゃった人のことを実はあんまり知らないで、‘好き’の気持ちだけ大きく膨れあがっていく、そんな感じかしら。
「秘密」なんて、尚更だ。知る由もない。

秘密の扉を開けてみる。
そうなのか!小さな黄色い部分ひとつひとつが、お花なのか。
葉っぱのことは、ロゼットというのか。
お花から、綿帽子になるところは・・・圧巻の一言。
たんぽぽにはこんなにたくさんの種類があるのね。
そして、たんぽぽという可愛すぎる名前はこうしてつけられたのね!

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大変だ!どんどん、たんぽぽに詳しくなってくる。すると・・・お散歩中に、ジョギング中に出会う、たんぽぽが、今以上に気になって気になって仕方がない。「かわいい」「好き」という無邪気な気持ちから、このたんぽぽは在来か?外来か?とか、総包を確かめてみよう!なんていう具合に、観察眼が働きはじめた。もう、わたしは「好き」なだけじゃないぞ。

本書は、さらに、たんぽぽが詠まれている俳句、たんぽぽがテーマの絵本や小説、さらにたんぽぽ料理のレシピまでついてくる。これらの項目がスパイスとなって、さらに豊かにたんぽぽの世界に誘ってくれる。

たんぽぽは、言葉や絵、そして胃袋らのクリエイティブな部分をくすぐってしまう魔力があるらしい。そういえば、まだ小さいころ、たんぽぽのコーヒーなら飲めそう!とたんぽぽの愛らしさから甘い匂いと味を想像して、まんまと、うぅ・・・大人の味だ・・・わたしにゃ早すぎた・・・となったなあ。

『たんぽぽの秘密』はいろんな人にとってのたんぽぽの入口。文系の人も理系の人も楽しめて、文系の人は理系の視点を、理系の人は文系の視点を得ることができてしまうと思う。まあ、文系だとか、理系だとかの退屈な二項対立によらなくても、あらゆる角度から、あらゆる表情のたんぽぽに出会える。読み終わった頃には、ああ、もっとたんぽぽを知りたいと知的欲求を掻き立てられて、きっと、わたしみたいに、たんぽぽを見つけると一歩近づいて観察したくなったり、たんぽぽで一句読みたくなったりするかも知れない。

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お!たんぽぽがたくさん咲いている!
わたしの春は、たんぽぽ探しに夢中になって、地面ばかりに目をやってしまう。

それでも、だ。

「上を向いて歩いている」気分にさせてくれる、たんぽぽはスゴイ。


たんぽぽ日和は、しあわせ日和。
ですよね。

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《関連情報》
たんぽぽの秘密
著者:森乃おと 
イラスト:ささきみえこ
出版社:雷鳥社
出版年月日:2020年3月11日

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森乃おとさんtwitter : https://twitter.com/morino_oto
ささきみえこさんtwitter: https://twitter.com/MiekoSasaki1



【プロフィール】
中村翔子(なかむら・しょうこ)
本屋しゃん/フリーランス企画家
1987年新潟生まれ。本とアートを軸にトークイベントやワークショップを企画。青山ブックセンター・青山ブックスクールでのイベント企画担当、銀座 蔦屋書店アートコンシェルジュを経て、2019年春にフリーランス「本屋しゃん」宣言。同時に下北沢のBOOK SHOP TRAVELLERを間借りし、「本屋しゃんの本屋さん」の運営をはじめる。本好きとアート好きの架け橋になりたい。 バナナ好き。本屋しゃんの似顔絵とロゴはアーティスト牛木匡憲さんに描いていただきました。https://honyashan.com/

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