答えのない世界で、答える【インタビュー記事#07:解答のない参考書】

大切な一冊をおすすめしてくれた人と、1冊の本を出発点として人生を語り合うインタビュー記事第7弾。今回は、本屋余白が先日出店した東京大学駒場書籍部で店長を務めており、本屋余白のコーナー設置にあたっても大変お世話になった足立裕太様をお招きした。
おすすめいただいた本は『解答のない参考書 -人生をデザインするための12人のインタビュー』。足立様ご自身も出版に関わった、東大出身者による自費出版の一冊だ。

おすすめのメッセージはこちら↓

「選択肢が無限に広がる人生、あなたはどう生きますか?」
この問いかけに対する12人の試行錯誤の生き様、それを読者に伝えるため奮闘した制作チームの熱意が伝わってくる。自費出版と侮るなかれ、敢えてそうしたのは伝えたいものの純度を極限まで高めるためだから。

「生協」という職業にのめり込む

本屋余白(以下、「余」):本日はよろしくお願いいたします。先日は、余白のコーナー設置にもご協力いただいて本当にありがとうございます。
足立様(以下、「足」):こちらこそ、面白い提案を持ってきていただいてありがとうございます。売れ行き、なかなか好調ですよ。
余:おお、本当ですか!それは嬉しいです。
では自己紹介ということで、足立様は東京大学生協が運営している駒場キャンパスの書籍部(編注:大学の本屋さん)で店長をしていらっしゃるんですよね?
足:そうです。駒場にきて5年目になりますね。それまでは4年間本郷キャンパス(編注:東京大学のもう一つのキャンパス。赤門があるところ)にいまして、さらにその前は名古屋大学生協で働いていました。
大学生協は書籍部以外にもいろんなことをやっていますが、私はずっと書籍部で働いていますので、書籍部に関することはいろいろと経験してきたつもりでいますね。
余:生協書籍部一筋なんですね…。なぜ生協に就職することに決めたんですか?
足:私自身が大学生だったときに大学生協の委員会に入っていまして。運営側に携わっていると、表ではうまく行っているように見えることでも裏ではいろいろあるんだなとか、見えてきちゃうわけですよ。
そういうのを見て、「いい人生経験でした、さようなら」っていうのがほとんどの人なのかなと思うんですけど。私は、大学生協というものを少しでもいい方向に持っていけるように働き続けてみようかな、と思ったんですよね。
余:そこで「働き続けてみよう」と思えた理由ってなんなんですか?
足:そうですね。
一つは、私が困っている人を放っておけないタイプの人間というのはあるかなと思います。
もう一つは、生協の委員会の活動をやっていて、自分がそこにのめり込んでいるのがわかっていたので。このまま仕事として続けてもできるんじゃないかなと思ったというのはあります。
余:その「のめり込み」は今も引き続きお持ちなんですか?
足:そうですね、あまり変わらずにあると思います。
やっぱり学生のときよりは、職員になってからの方がいろいろ思うことは多いですよ。なんでこんなことがうまくいかないんだ、とかね。
でもだからといって嫌になるわけではなくて、しょうがないなと思いながらもできてしまうんです。
ちょうど今回おすすめした本の中にもそういうメッセージがあるんですね。

「社会に出るまでに、何か一つでもめっちゃ打ち込んだ経験を作った方がいい。
自分の『基準値』がそこに設定され、仕事の場面でも
『もっとやれるはずだ』『全然あの時の感情に届かない』
とさらに頑張れるから。」

と。
余:なるほど…。学生にとっても力強いメッセージですね。

悩み、移ろう心のうちをそのままに伝える

余:本の話が出てきたので、そちらの話題に移りましょうか。おすすめの本について紹介いただいてもよろしいでしょうか?
足:『解答のない参考書 -人生をデザインするための12人のインタビュー』こちらになります。
余:足立様ご自身も出版にご協力されていたというお話ですが。
足:はい。この本は、もともと東大の学生さんから書籍部に持ち込んでいただいた提案だったのです。i.schoolというイノベーション教育プログラムを修了された学生さんたちだったのですが、彼らから後輩たちに、これからの大学生活を送る上でメッセージを送れないかと考えていたらしく。そのときに、社会で活躍しているi.schoolの修了生の面白いエピソードとか実体験を伝える本を出版したらいいんじゃないか、というアイデアに至ったということです。
余:なるほど。でも、出版の話を出版社ではなく書籍部に持ち込むというのはどういうことなんでしょう。
足:僕も、出版社に持ち込むという選択肢は提示しました。面白い企画なのでそういう話を持ち込めば反応してくれる出版社はありそうですし、その方が在庫管理も必要なく、幅広く流通させられますので。でも、彼らが最終的に出した答えは「自費出版」でした。さらに、流通経路も直販と大学生協だけにしたいと。
余:なぜでしょう?
足:他の人たちの手が入ることをできる限り避けたかったんですね。
出版社に出せばそれなりに編集が入ってクオリティも向上するでしょうし、全国に流通してたくさんの人が読んでくれる反面、自分たちが本当に伝えたい人に、伝えたいことを伝えられなくなってしまうというのを危惧したようです。
私としてはそういう思いがすごく嬉しくて、「そういうことなら是非協力させてください」ということで、話が進んでいきました。
余:そういうことだったのですね。足立様はどういうご協力をされたのですか?
足:多少原稿を読んで感想を言って、あとは書籍部にコーナーを設けたくらいです。感想というのも、少し読んで「おお、なんて面白いんだ」って思ったくらいで(笑)。
余:なるほど(笑)。原稿を読まれたということですが、本の内容を簡単に紹介してもらっても良いでしょうか?
足:先ほども申し上げた通り、i.schoolというプログラムを修了された社会人の方のインタビューが12人分収録されています。内容としては、大学時代の経験ですとか、それが今の経験にどう生かされているかとか、そういった話です。
余:なるほど。自費出版で伝えたいメッセージをそのまま…というお話もありましたが、この本の魅力はなんでしょうか?
足:まずは紹介されている方の経験が本当に多様なので、それだけでも読んでいて面白いです。なんでそういう風に人生が転がっていくんだ…という。
あとは、飾り付けのない文体で書かれているので、インタビューの場の雰囲気とか感情がありのままに伝わってくるのも良いですね。
主としてはこれから社会に出る学部生に向けて書かれたものですが、私くらいの大人になって読んでも面白く読めるなと思います。
余:ありがとうございます。ちなみに、この本が伝えたいメッセージというのは何か一貫してあるのでしょうか?
足:いえ、真逆ですね。編集している本人たちも一貫性はないと明記していますし、同じ人でも途中で言っていることが変わるかもしれないとすら言っています。
むしろ、そういう風に一貫性がないところまで含めてありのままを伝えたかったんだと思いますし、そこにこそ自費出版にした意図があるんだと思います。出版社に預けたら整合性を気にして削られたり、変えられたりする部分がたくさんあったでしょうから。
余:編集された方々の熱意が伝わってきますね。
何か、足立様の印象に残っているエピソードなどはありますか?
足:それこそ原稿の段階で読ませてもらったインタビューの中に、

大人も真っ当なことを言いながら、心の底では悩み続けている

という赤裸々な表現がありまして。
自分がどう生きたいか、なんてのは、もちろん考え続けることは大事なんですけど、決める必要はないんだと。なんかかっこいいことを言っている大人だって、悩んでいるんだと。あぁ、まさしくそうだな、と思ったし、かっこつけすぎず気取らず生きていきたいな、と思わされました。
余:はっとさせられる言葉ですね。そうすると、足立さんにも「大人らしい振る舞い」にとらわれていたような部分があったのでしょうか?
足:大学生協の職員として大学生と接していると、多少こう、世の中のことを知っている風なそぶりを見せたくなってしまうこともあるわけです。
でも、そうやって、世の中こうだよ、とか、だから俺が正しいんだ、とかって講釈を垂れるのって非常にダサいなというか。学生の年の皆さんが思うことは皆さんにとっては正しい訳で、そこに大人の自分の理論で立ち向かっても噛み合わないし、いい思いもしないので。
そういうことを考えていたからこそ、この言葉にとても共感したのかもしれません。

一冊の本から生まれるつながり

余:はじめは、自分が出版に協力した本だから思い入れがあるのかなと思っていたのですが、お話をお伺いしていると、本の内容自体が足立様にとって大切なものなのかなと思うようになりました。
足:まさにその通りですね。
私は今36歳なのですが、学生さんだけでなく、私の同世代の人にもぜひ読んで欲しいなと思っています。中堅、と呼ばれるような歳になってきて、これから今の自分を続けていくのか、あるいは思い切って別のことをやるのか、そんなことに悩む人も多いのではないかと思います。この本は、そんなことを考える人たちの背中を押してくれるような本だと思いますね。だからこそ、私は余白さんを介して生協以外の場所にも置いていただくことで、大学生に限らず多くの方に手に取っていただきたいと思いました(編注:こちらの本はBookshop Travellerに置いています)。
ただし、タイトルの通り解答はありませんが。
余:そうですよね(笑)。
足:そういうわけでこの本を幅広い世代の方に知ってほしいと思っていたので、この本を余白さんに紹介していただけて良かったです。
余:そう言っていただいて本当に嬉しいです。
お話をお伺いしていて、この一冊の本を介したつながりの広さを感じました。この一冊の本を出版するために、出版チームの方々が足立様のもとを訪れて、今度は足立様がその本を私たちにおすすめしてくださって、今はその本を出版したわけではない私たちがその一冊を介してこうしてお話ししているという。
足:私も同じことを感じておりました。私、この本を作った方々と余白さんにはある共通点があると思っていたんです。
余:と、いいますと。
足:お二方とも、自分たちが伝えたいことを表現するために他の人の言葉を借りていること。それらの言葉を集めることで、自分たちの活動に強いメッセージ性を持たせていること。
そんなお二方が、この一冊を通してつながっているのがとても面白いと思いましたし、これからも意外なつながりができていくのかなと思います。
日々地道に打ち込む中でこういうご縁が得られるのも、生協で働く魅力の一つだと思いますね。
余:なぜかこの本を書かれた方々に親近感が湧いていたのですが、足立様の言葉を聞いてすごく腑に落ちました。ぜひ今度、この本を出版された方ともお話させていただきたいです。
足:ぜひ。喜んでお話ししてくれると思いますよ。

編集後記

日頃あまり関わることのない大学生協の方が、ここまで思いを持って仕事に携わっていらっしゃるんだということに、非常に感銘を受けました。長い間生協職員としてたくさんの学生や大学と関わり続けていらっしゃる足立様だったので、尚更なのかなと思います。
また、記事の最後でも言及していますが、この一冊の本を通したつながりの広さを感じたインタビューでした。『解答のない参考書』という一冊が育むかかわりの網の中に私たち余白がいること、そして、その網をより強く、広く紡ぐ試みを私たちができていることをとても嬉しく感じました。
私たちの内輪な話が多くなってしまいました。でも、この本をどなたかが手に取って、網の中に加わってくださったとき、私たちの想いのバトンは次に渡されるのだと思います。そんな、小さくても大切な出来事が起こる日を心待ちにしています。


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