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『神を見た犬』 – 日めくり文庫本【10月】

【10月16日】

 ある朝、デフェンデンテ・サポーリが貧しい人びとにパンを配っていると、一匹の犬が中庭に入ってきた。見るからに野良のらといった風貌で、毛並みのこわそうな大型犬だが、顔つきは穏やかだった。
 順番を待つ人びとのあいだにするりと潜りこみ、籠のところまで行くと、パンをひとつ口にくわえ、悠然と歩き去ってゆく。そのふるまいは、泥棒というようもむしろ、正当な自分の分け前を取りに来たという感じだった。
「おい、フィード、こっちに来い。しょうもない犬め!」デフェンデンテは当てずっぽうの名前を呼びながら、犬を追いかけた。「ここにいるろくでもない連中だけだって手に負えないのに、犬の面倒までみろっていうのかよ!」だが肝心の犬は、すでに手の届かないところに行ってしまっていた。
 翌日も、同様の光景が繰り返された。同じ犬がまったく同じことをしたのだ。この日、デフェンデンテは通りまで犬を追いかけ、石をいくつか投げつけたものの、一個も当たらなかった。
 驚くべきことに、犬はそれから毎朝欠かさず、パンを失敬しにくるようになった。好機をうまく見計らう犬の知恵といったら、みごととしか言いようがない。あまりに絶妙なタイミングで、すべてをゆったりとやってのける余裕すらあった。それだけでなく、犬めがけて物を投げつけても、ひとつとして命中しない。そのたびに、パンを求めて群がっている人びとのあいだから、これ見よがしの笑い声がいっせいに沸きおこり、パン屋を激怒させた。
 怒り心頭に発したデフェンデンテは、翌朝、中庭の入り口付近の植え込みに身を隠し、棍棒を持って待ち伏せることにした。だが、それも徒労だった。犬は群がるたくさんの人びとにうまく紛れ、誰からも咎められることなく中に入り、そして出ていった。みな、パン屋を愚弄する容易な犬の行動を楽しんでいたため、わざわざ告げ口する理由もなかった。

「神を見た犬」より

——ブッツァーティ『神を見た犬』(光文社古典新訳文庫,2007年)113 – 114ページ


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