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『贋金つくり』 – 日めくり文庫本【11月】

【11月22日】

 友だちをちょいと驚かしたことは、ベルナールにしても悪い気持ちはしなかった。この言葉にこもる感嘆の調子は、とりわけ彼にはうれしかった。しかし、彼はもう一度肩をすくめた。オリヴィエは彼の手を取った。ひどく真剣な態度である。彼は心配そうに尋ねた。
 「しかし……なぜ家を出るの?」
 「なあに、家庭の事情なんだ。いま話すわけにはいかない。」そして、あまり真剣な様子を見せまいとして、彼はふざけて、オリヴィエが足の先にぶらぶら[#「ぶらぶら」に傍点]。」させていたスリッパを、靴の先で突いて落とした。二人は寝台の縁に掛けていたのだ。
 「じゃ、どこへ行って暮らすつもりなんだい?」
 「僕にもわからない。」
 「生活の手段は?」
 「なんとかなるだろう。」
 「金は持っているのかい?」
 「明日の朝飯代ぐらいはね。」
 「それから先は?」
 「それからは職を探さなくちゃなるまい。なあに、何か見つかるさ。見ていたまえ。報告するよ。」
 オリヴィエはベルナールにひどく敬服している。彼が果断な性格の持ち主であることも知っている。それでも、オリヴィエはまだ危ぶんでいる。どうにも暮らしの方法がつかなくなり、やがて窮乏に追られたら、家へ帰ろうとはしないだろうか? ベルナールは彼を安心させる。家族のそばへ帰るくらいならどんなことでもやって見せると言う。そして幾度となく、ますます荒っぽい口調で「どんなことでも」を繰り返すので、オリヴィエは不安に心を締められる思いである。話したいとは思っても、言葉が口に出ない。やっと彼は、顔を伏せ、落着かぬ声で、
 「ベルナール……でも君はまさか……」と言いかけたが、言葉が途切れる。ベルナールは目を上げて、よく見もしないで、オリヴィエがもじもじしていることを見抜く。そして尋ねる。
 「まさかどうなのさ。なんだって言うんだい? 言ってみたまえ。泥棒でもするつもりじゃないかって言うのかい?」

「三」より

——アンドレ・ジイド『贋金つくり』(岩波文庫,1963年)39 – 40ページ


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