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梨木香歩さんの『裏庭』を読んで
それは異世界であり、死後の世界であり、エネルギーの集まる場所であり、現在と過去を結ぶ場所であり、人間の内面性を表した場所である。
裏庭での体験は、心に孤独を抱えた少女、照美が成長するためだけでなく、現実における彼女自身の家族の形を変えるきっかけとなった。
心の傷
照美の旅は、彼女自身が自分でも気づかない、心の深いところで求めていたものかもしれない。
なぜなら、この旅によって、彼女の心の傷は癒え、弟の死や、家族と真正面から向き合えたからだ。
人は誰しも、心に傷を抱える生きものだ。
その傷の痛みや、悲しみに蓋をしても、自然に薄れ、消えていくことはない。解消しないわだかまりとして、傷を深めるだけだ。
照美の家族のように、忙しくしすぎて、無感情に過ごしていると、いつの間にか、家族同士の心の繋がりはなくなり、相手の気持ちがわからなくなり、孤独を深めてしまう。
そうやって、淡々と、静かに、確実に、家族は壊れていくのだ。
家族の絆とは
この物語の大きなメッセージのひとつは、「親と子どもは全く別個の人間である」ということだろう。
多くの子供は、親の望む子でありたいと思うし、無条件に受け入れてほしいと思っている。だからこそ、子は親に縛られ、親を中心においておかなければ、物事の判断ができず、自分で選択する力が失われる。
照美も、無意識のうちに親に支配されていた。
照美が裏庭から帰還した際に、ママは、自分の知らない娘のように感じたために、彼女を恐れた。その「他人を品定めするような」目つきに、照美はショックを受けた。しかし、裏庭での体験から、彼女はあることを理解する。
——ママと自分ははるかに遠い場所にいるんだ。
その認識は、照美に、自分と母親はまったく別個の人間なのだ、という事実を肌で理解させた。
(中略)
それは、何という寂しさ、けれど同時に何という清々しさでもあったことだろう。
——そして、そう、それなら、私は、ママの役に立たなくてもいいんだ!私は、もう、パパやママの役に立つ必要はないんだ!
それは、照美の世界をまったく新しく塗り変えてしまうくらいの衝撃だった。なんで自分はあんなにパパやママのことばかり考えてきたのだろう。
「私は、もう、だれの役にも立たなくていいんだ」
全世界に向かって叫びたかった。
自分が今まで、どんなにそのことにがんじがらめになっていたのか、たった今、気づいた。
『裏庭』より
照美が、親から解放された瞬間である。
ようやく照美は、照美自身の人生を歩けるのだ。
そのきっかけと、理解する力を、裏庭は彼女に与えたのだった。
悲しみや、すれ違いに、無感情で蓋をしてはいけない。静かに、着実に、壊れゆく絆は、正直な感情のぶつかり合いでしか、修復できない。
私たちにとって、『裏庭』は、家族の関係性について真正面から向き合い、前に進むためのきっかけになるかもしれない。
照美にとって裏庭がそうであったように。