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福井・若狭の“おいしいもの”再発見!北陸新幹線で行く秋の美食旅
北陸新幹線の金沢~敦賀間が開業し、グッとアクセスしやすくなった福井県。東京から敦賀までは乗り換えなしで3時間余りなので、週末を利用した1泊2日でも十分に福井の魅力を満喫できます♪ とはいえ、どこに行くか、何を食べるか迷ってしまいますよね。そこで迎える指南役は『和食は福井にあり』という著作もあるほど福井の食に精通しているフードジャーナリスト・向笠千恵子さん。向笠さんがいま一番心惹かれるというのが“若狭の食”。若狭地方には一体どんな“おいしいもの”があるのでしょうか――?
旅人・文=向笠千恵子
撮影=上田順子
世においしいものは数えきれないがこの列島に暮らすからには東西南北すみずみの食を楽しみたい。都会でもお取り寄せしたり郷土料理店へ行けるが、やはり現地は違う。清らかな水、海や森の気配を感じる環境で、特産食材を用いて郷土愛にあふれた人々が生み出す料理はうまさを超越した貴さがある。
北陸の福井は、越前がに、越前そばが知られるが、これらは県東部・越前のもので、県西南部・若狭にもいいものが待っている。
若狭は飛鳥・奈良時代は天皇家の食材を担う「御食国」だったし、江戸時代は北前船がもたらす昆布などの流通拠点で、若狭湾の鯖を京阪へ輸送する鯖街道の起点でもあった。街道は鯖だけでなく、かれい、ぐじなどを一昼夜かけて京まで運んだ。道程は18里(約72キロ)。若狭の人々は鮮魚に軽く塩をしたり干したりして、到着時に食べ頃になるように手をかけた。その細やかな配慮から、「若狭もん」の評判は高まり、京での鯖ずしは若狭の鯖が決まりになった。
舌にうるさい京の人達を魅了した背景には、昆布、鯖の“食の街道”の存在がある。モノだけでなく人々も往来したので都の文化が若狭へ伝わり、食でも影響を受け、地元食材と融合して鄙とは侮れない美味が発達したのだ。一例が冬期の寒冷な気候が生んだ発酵食品の「へしこ」とこれのなれずし。さらに名水は銘酒を醸した。
三方五湖の天然ウナギ
北陸新幹線延伸で首都圏から若狭へ行きやすくなった。福井駅から約20分で若狭の玄関口の敦賀駅に着く。この日は三方五湖を見下ろす梅丈岳のレインボーライン山頂公園へ直行した。旅の目的の一つが五湖のうちの三方湖の天然ウナギ・口細青鰻を「うなぎや茂右エ門」で食べることで、事前にウナギが棲む湖を高所から確かめたかったのだ。
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秋晴れで、リアス式海岸が続く若狭湾に臨み、三方湖、水月湖、菅湖、久々子湖、日向湖の五湖がくっきり。それぞれ形が違い、海水、汽水、淡水と水質が違うため、水色も異なる。五湖の先に広がる滋賀、岐阜、富山、石川の山並みが若狭の立地を教えてくれた。
若狭町と美浜町にまたがる三方五湖は、湖畔に特産の福井梅の梅林があり、周辺には在来種野菜・山内かぶらの生産者や銘酒「早瀬浦」の蔵元がいる。鯖街道最大の宿場で往時の町並みが健在の熊川宿も近い。
湖の幸も興味深い。三方湖には5~11月が旬のウナギと、冬期の叩き網漁によるフナ、コイがある。叩き網漁は湖面を青竹で激しくバシャバシャ叩き、驚いたフナやコイが飛び出てきたところを捕獲する。以前、漁師の舟に乗せてもらったことがある。激しいアクションに湖水が舞い散り、そこに総身1メートルもあろうかという巨大なフナが出現した衝撃は忘れられない。
その折、湖畔の小屋で漁師が手料理の筒切りの煮付けをご馳走してくれたのだが、みっしりした身は歯を思いっきり上下に動かしてようやくほぐれ、まるで縄文人になったような気がした。
というのも三方湖畔には縄文時代の鳥浜貝塚と町立若狭三方縄文博物館、県立年縞博物館があるため、タイムトリップしたのだ。年縞は人類誕生の7万年前からの地層で、いわば泥土のミルフィーユ。「地球のモノサシ」と形容され、隣りの水月湖底に手つかずで残るため、そこから採集した貴重品の展示施設が年縞博物館なのである。
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いよいよ念願の「うなぎや茂右エ門」へ。三方湖周辺はうなぎ屋が数軒あり、関西圏のうなぎ好きには知られた土地だが、そのうちで「茂右エ門」当主・田辺寛之さんは異色で、地元の消防士から転身した。郷土の宝の天然ウナギなのに漁師の高齢化で継続が危機に瀕した。それを目の当たりにして奮起し、漁師修業と調理の勉強をして開店したのだ。
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ウナギ漁は、五湖のうち最も内陸寄りの三方湖で行う。川から山水が注ぎ込み栄養豊富なため餌になるゴカイや手長エビが多い。湖底は泥土なのでウナギが棲みやすい。そしてゴカイやエビは柔らかで食べやすいため顎が発達せずに口細になり、また自然豊かな環境で育つため緑色がかった青色に育つとか、皮が薄くて脂肪分が多いため青いともいわれる。「口細青鰻」のゆえんだ。
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もっとも現代はシラスが海から遡上しなくなり、いたしかたなくシラスを放流して育てているそう。とはいえ伝統天然もの産地の誇りにかけてウナギが肥えて脂がのるまでは捕えない。「十年ものがざらですし、小さなものは湖へ返す。そのため業界では天然ウナギと謳っていいことになっています」と田辺さんは胸を張った。
漁は伝統的な筒漁で、樹脂パイプの両端を切ったものを3本束ね、湖に沈める。筒の中にウナギが入り込んだところを引き上げる寸法で、生け簀で清めてから調理にかかる。
その仕事は、腹開きを直焼きする中京以西のスタイル。若狭の食が関西圏の影響を受けていることがウナギでもわかる。品書きは、白焼き、蒲焼どちらも天然、養殖の2種がある。天然ものだけでは数が足りず、また高価格になるので、他県の養殖ウナギも仕入れているそう。
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と知れば、比較したい。先ずは天然の白焼きから。炭火の香をまとったウナギは分厚くて弾力があり、脂ののりが自然体で、湖底で静かにしていた時間を取り戻そうとするかのような躍動感が素敵だ。塩で一口、わさびをのせてまた一口と、箸をせわしなく動かしてしまった。そして蒲焼が登場。たれは福井人好みの甘口で、ウナギにつやつやからみ、線の太い味は野趣を感じさせる。若狭は米どころでもあるのでコシヒカリご飯がまたおいしく、粒だち感がウナギによく調和する。
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なお養殖ものも試すと、天然ものよりおだやかな味。現地で食べ比べしてこそわかる実感だ。そうそう、この店、2階は湖を一望できる小さな宿になっているので、昼夜、ウナギという楽しみ方もある。
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リアスの浜の隠れオーベルジュ
三方五湖から敦賀駅へ戻り、小浜線で車窓の里山を眺めながら約1時間で小浜駅へ。
若狭は「みほとけの里」といわれるほどに寺院が多い。大陸や半島の文化が海を越えて最初に入った地であり、距離的にも奈良・京都が近いため仏教文化が定着している。
観光協会は「八ケ寺巡り」をすすめている。神宮寺には、若狭と奈良の深い繋がりを裏付ける神事がある。早春3月2日、近くの渓流・鵜の瀬でお水送り神事があり、10日後に東大寺二月堂の若狭井でお水取りが行われるのだ。噓のような本当の話。ずいぶん前だが、お水送りを詠もうと、俳句のお仲間と若狭まで吟行したことがある。
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その時の白装束の寺僧たちが松明をかざして歩む様を思い出しながら、若狭国一宮の若狭彦神社・姫神社を経て市内北東部の阿納へ。若狭湾の内海の入り江にあり、かつては北前船の船宿があり、昭和後期からはふぐ自慢の漁家民宿で賑わってきた。「若狭ふぐ」など養殖漁業が盛んなのだ。
今宵の宿は「若狭佳日」。小浜の町づくりを担う会社が運営し、元旅館の日本家屋をリノベーションして昨夏、開業した。和風モダンな設備と郷土のストーリーを織り込んだ料理を打ち出し、本館、離れ、別館、蔵を改装したラウンジ、漁具倉庫跡に新築したオーシャンビューの外湯から構成された小ビレッジの態。民宿街へも近く、漁村歩きも楽しめる。
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夕食は本館ダイニングで。ドリンクメニューは福井の酒が揃い、とりわけ三方五湖の美浜町にある老舗酒蔵の銘酒「早瀬浦」は3種飲み比べができるなど充実のラインアップ。なかなか飲めない季節限定酒もあって、さっそく頼むと、すっきりしているのに余情があり、料理が待ち遠しくなった。
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その料理はぐじ(甘鯛)の若狭焼きが圧巻。たれをはけ塗りしながら鱗を立たせて焼き上げる若狭の甘鯛料理の定番で、さくさくした鱗が舌を喜ばせ、身はふっくらしていてしかもしっとり。なんとも心地よい。
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そして食後、海辺のオープンテラスで、巨木の老松の下で眺めた月が忘れがたい。潮騒を聞き、潮風を浴びながら、身も心も若狭湾に溶け込んでしまいそうだった。
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隠れ里・名田庄の里山料理
小浜へ来たからには魚市場を見ずして帰れない。えいっと起きて、競り人が行き交い、トロ箱で魚が光り輝く様を楽しみ、宿へ戻って朝ごはん。鯖のぬか漬けの鯖へしこは、桶に「へし込む(押し込む)」ように漬けるのが語源の郷土食。一切れでうま味がこれでもかと味蕾を攻めたててくる魔味である。
海の味を反芻しながら西津地区の護松園へ。北前船で財をなした「古河屋」が賓客をもてなした別邸で、ゆったりした空間の和風コミュニティスペースになっている。往時を伝える展示室や特産の若狭塗箸のショップ、コーヒーカウンターがあり、まち歩きで一息入れるのにはうってつけ。
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コーヒーブレイク後、「若狭のべっぴんさん」と讃えられる羽賀寺の十一面観音菩薩立像に対面し、気高さにうっとりしながら合掌。名田庄へ急いだ。
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小浜市から西へ車で30分の名田庄は、名田庄村から大飯郡おおい町へ変わっても以前通りの隠れ里。鯖街道は熊川宿を通る若狭街道が知られるが、別ルートが幾つかあり、ここ名田庄を通って周山街道へ入る道もあった。
この山里で昨年、日本料理店を開いたのは田中俊祐さん。熊川宿にルーツを持つ村田吉弘さんの京都「菊乃井本店」で10年間の修業後、Uターンしたのだ。屋号の「崇」は曾祖母の戒名の一字から付けたそうで、店舗もそのおばあちゃんが暮らしていた古民家を改装した。風雅な山家の趣で、カウンター席に真向かう厨房におくどさん(かまど)をどんと置き、天井は網代にするなど洒脱な造りはこのまま京都で商売できそう。さすが菊乃井仕込み、そして鯖街道で京へ直結していた名田庄出身者のセンスだ。
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料理は若狭の山幸海幸づくし。野菜は近所の農家から求め、自分でもつくり、地元猟師が仕留めたジビエも用い、魚は小浜の魚市場から仕入れる。若狭の食材を京風日本料理に昇華させているのだ。
この日は、葛の葉を敷いた木製皿に京焼の小皿を載せて供される前菜から。青柚子の振り柚子が美しいなすのおひたし。一口押し寿司に添えたあでやかな酢漬けみょうが。雅びなのに鄙びたよさがある。鰆の椀ものは、だし汁に地トマトのピュレを忍ばせてうま味を高めているそうで、菊花を散らした秋ならではの演出。
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太刀魚とハタ科のナメラのお造りに添えた醤油類と塩もよく考えられている。ナメラの煮凝りを溶かしたもの、土佐醤油、コシアブラと葛の葉の干し葉の粉末を塩に混ぜた自家製山塩の3種で、それぞれ豆皿に入れ、お客は味変しながら魚を楽しむ趣向。渋味と滋味が渾然一体になった山塩が乙である。そういえば御食国の時代は若狭から塩を宮廷へ届けていたから、若狭人は塩にこだわるのだろう。
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続いては鮎の塩焼き。地元の川の天然鮎を地元の炭で焼いたもので、燻製と見まがうほどにじっくり火を入れてあり、香ばしさが極まっている。添えるのが蓼酢でなく、葛の葉の葛酢というのも工夫がある。
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土鍋炊きご飯は名田庄坂本地区のコシヒカリの「坂本米」が使われ、この日は湯気が上がる炊きたてを最初に一口、出してくれた。懐石のもてなし作法を取り入れている。そしてひらまさの藁焼き、ツルムラサキのおひたし、花オクラの酢漬け、山内かぶらのつぼ漬などの漬物数種が続き、アールグレイ風味アイスクリームぶどう添えマロンソースでごちそうさまとなった。
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料理上手だった崇ばあちゃんはもくず蟹の吸い物が自慢で、それを自分なりに再現するのが目下のテーマと、田中さん。次回はそれと、ジビエ料理をお目当てにしたい。
最後は小浜へ戻り、国宝の三重塔と本堂で名高い明通寺へ。坂上田村麻呂が建立した密教建築の最高峰は威風堂々で、三重塔は首が痛くなるまで見上げさせる魅力がある。食探訪も地域の歴史背景を知ることで魅力が増すことを再認識した旅だった。
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【小浜市公式】若狭おばま観光サイト まるっとおばま
https://wakasa-obama.jp/
レインボーライン山頂公園
https://mikatagoko.com/
年縞博物館
https://varve-museum.pref.fukui.lg.jp/
うなぎや茂右エ門
https://aoaokichijitsu-syokutabi.jp/shop/149
神宮寺
https://www.obama-8-temples.jp/temples/jinguji/
若狭佳日
https://wakasa-kajitsu.com/
護松園
https://goshoen1815.com/
羽賀寺
https://www.obama-8-temples.jp/temples/hagaji/
日本料理 崇
https://su-natasho.jp/
明通寺
https://myotsuji.jimdofree.com/
向笠千恵子(むかさ ちえこ)
フードジャーナリスト、食文化研究家。東京・日本橋出身。本物の味、伝統食品、食の生産現場を知る第一人者。著書に『ニッポンお宝食材』(小学館)『おいしい俳句』(本阿弥書店)など。『食の街道を行く』(平凡社)でグルマン世界料理本大賞グランプリ。「ディスカバー農山漁村の宝」「本場の本物」など食の知財を顕彰する有識者委員を務め、和食文化の伝承にも参画している。
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