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俳優・片桐はいりさんが語るミニシアターへの想い「味噌蔵みたいな映画館が好き」

自らの出自を「映画館の出身です」と語るほど、映画館を心から愛する片桐はいりさん。現在も俳優業の傍ら地元・東京大森の映画館「キネカ大森」で時々もぎりをして、“映画への恩返し”をされています。青春時代からずっと映画館とともに暮らしてきた片桐さんにとってミニシアターとはどのような場所なのか、お話をうかがいました。(ひととき2月号特集「作家・川内有緒さんが巡る 京阪神のミニシアター」より)

 旅先で私は真っ先に映画館を探します。下準備もせずに知らないまちに行っても、小さな映画館が見つけられれば、もう「オールOK」。だって、そこに行けば確実に映画好きの人がいて、映画の話ができるんですから。「今どんな映画上映してるんですか?」から始まって「この辺でおいしい店ない?」「どこか面白いとこがあったら教えて」などと会話しているうちに、その土地のことが全部わかった気になっちゃう。シネコンだと、こんな私の”不規則質問”にはなかなか付き合ってもらえませんが、ミニシアターなら、多少めんどくさがられても話しかけてしまいます。だから映画館が旅の拠点になる。人によってはそれがまちの本屋さんだったり、鉄道の駅だったりするかもしれないけど、私にとっては映画館なんですね。世界中どこに行っても。

 中でも私が好きなのは、味噌蔵みたいな映画館です。映画を観た人の熱気とか、怒りや喜びなどの感情が壁や椅子に染み付いて、それが熟成されているような場所。なんなら「そこは常連さんの席だから座れないよ」みたいな、少々めんどくさいルールがあってもいい。そんな映画館に出合うと、また来ようって思います。

 私は学生時代、東京・銀座の映画館で、もぎり*のバイトをしていました。十数年前からは、地元の映画館でボランティアとしてもぎらせてもらっています。そんな経験の中で思うのは、やっぱり劇場には気が満ちるということ。お客さんが帰ったあとの劇場を掃除していると、いい映画だったかどうか、残された空気でわかることがあるんですよ。映画が上映されれば、そのたびに劇場に人々の感情が渦巻く。それをちゃんと受け止めてきたことが感じられる映画館は、なんかイイんです。

しゃらくさくたってありがたい
ミニシアターでセンスの共有

 日本で最初にミニシアターブームが起こったのは1980年代から90年代にかけてだと思いますが、正直なところ、当時は「しゃらくせぇ」なんて思ってました。ちょっとお高くとまってる印象なかったですか? おまけに飲食禁止だし(!)。今は、どの映画館もルールが厳しくなって、上映中は飴ひとつ舐めるのにも気を使いますけど、当時、映画観ながら甘栗とかポリポリ食べるのは普通。私なんてもぎりのバイト先で休憩時間に館内の席で店屋物てんやものまで食べてましたからね(笑)。ただ、そうはいってもミニシアターはありがたかった。世界の映画を選びに選んで上映してくれているわけですから、「しゃらくせぇ」って言いながらやっぱり観に行きました。

 ミニシアターだからこそ共有できるものもあります。昔、六本木で映画を観た帰りの電車で同じ映画のパンフレットを持っている人を偶然見かけ、「ん? 観た?」「いいよね」って言葉を交わしたことがありました。全国上映のメジャーな映画なら「どこで観た?」という話になるけど、ミニシアターはピンポイント。しかもパンフレットを読んでいるということはその映画を気に入っているわけで、さらにピンポイントでセンスの共有ができるわけです。これはちょっと楽しい。 

 今と昔ではミニシアターの概念も変わったし、映画館以外の鑑賞手段も増えました。若い人たちと百年の時を超えて気軽に同じ映画の話ができるのは配信やDVDのおかげ。ただ、映画館で映画を観ること自体が特別な体験だというのはずっと変わらないと思っています。わざわざそこに足を運び、全ての電源を切って暗闇に座り、他人と空間を共有する。それはやっぱり特別な行為だと思うんです。そこには感情の伝播もある。以前、ある映画を観た時、隣に座っていた若いカップルの男の子が号泣して立ち上がれなくなっちゃったことがありました。女の子が心配してタオルを貸したりしているのを見て、なんだか私まで「そうだよ、いい映画だったよ」って感化されて涙ぐんじゃったりして(笑)。これは映画館じゃないと体験できないでしょう?

 いくら時代が変わっても、映画館で映画を観たいという人はいなくならないと思いますね。私は、歳とってヨボヨボしてきたら、好きな映画館のある地方に移住しようかな、なんて夢見ています。(談)

*劇場や映画館の入り口で、入場券の半分をもぎ取ること、またはその係の人のこと

談話構成=佐藤淳子

──この特集記事は、本誌でお読みになれます。志を持った作り手によるキラリと光る名作や、現代社会を映し出すドキュメンタリー作品など小規模ながら独自の視点で選んだ多様な映画を上映するミニシアター。作家で映画監督でもある川内有緒さんが、京阪神の「映画館のあるまち」を旅します。

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<目次>
シアター① 京都 出町座
シアター② 兵庫・神戸 元町映画館
インタビュー 俳優・片桐はいりさんが語るミニシアターへの想い
シアター③ 兵庫・尼崎 塚口サンサン劇場
シアター④ 大阪・十三 第七藝術劇場
シアター⑤ 大阪・九条 シネ・ヌーヴォ
コラム こちらにもぜひ! 京都・大阪・兵庫のミニシアター

PROFILE
片桐はいり(かたぎり・はいり)
1963年生まれ、東京都大田区大森出身。大学在学中、銀座文化劇場(現シネスイッチ銀座)でもぎりのアルバイトと同時に俳優活動を開始。著書に、映画愛あふれるエッセイ『もぎりよ今夜も有難う』(幻冬舎文庫)など。

キネカ大森
1984(昭和59)年に日本初のシネコンとしてオープン。現在はテアトルシネマグループの映画館で、ロードショー劇場である一方、名画座や単館系作品も上映するなどミニシアターとしての一面も。また、アジア映画専門館だった歴史があるため現在も月に1回マサラ上映(インドの熱狂的な鑑賞スタイルを参考にした参加型上映)を開催している
☎ 03-3762-6000
[所]東京都品川区南大井6-27-25・5階
[席]3スクリーン(128席、68席、39席)
https://ttcg.jp/cineka_omori/

出典=ひととき2025年2月号


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